不在の騎士

なんか、読み終っちゃいました。

不在の騎士 (河出文庫)

不在の騎士 (河出文庫)

以前、国書刊行会から出ていたんですが文庫になって河出から出ていたんですね。うちのは国書さんのですが、国書は幻想文学に強くていい本をたくさん出す出版社でしたが今も頑張っているのだろうか?

「我々の祖先」三部作の今度は主人公が「存在しないが純粋に存在している」騎士。つまり甲冑の中身がないが人格はある。話し、戦い、考える存在ではあるが肉体はない。まさに「ありてあるもの」「わたしは 在る」という存在である。シャルルマーニュの軍に所属しモーロ人と闘う日々を続けるこの騎士は、己が名誉、すなわち「騎士」であることを証明するためにとある高貴な女性ソフローニアの「処女」を証明すべく彼女を探しに行く旅に出る。付き従う従者は自分自身が何者かが判らない男であり、彼を慕う女騎士がそのあとを追い、その女性騎士に恋い焦がれる若い騎士がそのまた後を追うという珍道中。さらに聖杯の騎士を探し出さんとするソフローニアの息子である騎士が絡んで・・というかなり複雑なストーリーである。正直、なんだかよく判らなくなるのである。
薔薇の名前』のラストはホイジンガの「中世の秋」に紹介されていたある詩の一句「過ぎにし薔薇はただ名前のみ、虚しきその名が今に残れり」で締めくくられている。これは12世紀のクリュニー修道会の修道士バーナードの詩の一説でホイジンガはいわゆるメメント・モリのテーマの典型として取り上げていた。(実はこの詩はクレルボーのベルナルドゥスの作と永らく言われていたらしい。アベラール様の天敵であり、「薔薇の名前」の主人公をウィリアムがアベラール様的思考で物事を解決してゆくこの物語の締めくくりにそういういわれの詩をもってくるとは)
存在しないものを存在するとする。普遍はどこに存在するのか?存在すると思い込むものに裏切られる。こうした「存在」というもの。あるいは思考の中にのみ存在するナニかに突き動かされ行動するもの達がこの小説ではある種のこっけいな行動をとる。
「我々の祖先」という3つの物語でカルヴィーノは『不在の騎士』を「盲目的な<不在>の状態の中で<存在>することを目指す原初的な人間」とし、『まっぷたつの子爵』で「社会によって引き裂かれている状態から<完全性>を回復しようとする人間」『木のぼり男爵』で「自由意志による選択を貫き通すことによって真に人間的な<完全>に到達しようとする人間」と設定し、「自由へと到る三段階」が描かれていると説明する。なるほど、西洋の思想史、或いは歴史を振り返れば、そういう要素は散見出来得るかもしれない。神について侃々諤々していた中世(不在の騎士の時代)人間世界の善と悪についての倫理により目が行く時代(まっぷたつの子爵)社会における人間の自立という問題が云々される時代(木のぼり男爵の時代)と理解することも可能でございますね。もしくは現代の我々の置かれた状況の幾つかをそうした精神運動の中に見いだすことは可能ではある。
ことにキリスト教的なモノに関わる、或いは中世に関わるならこの「不在の騎士」が描く世界はまさしく中世が記号化してちりばめられたが如しであり、『薔薇の名前』に先んじて描かれた一種の中世世界引用的物語でもある。(それより聖杯ネタが出て来るのはいいが、思い出すのはモンティ・パイソンのアレではなぁ・・・)正直にいうと「木のぼり男爵」よりも遙かにとっ散らかっていて、『まっぷたつの子爵』にも見られる民話的なトンでもな語り口がかなりマニアック度を高めているとはいえ、私自身はかなり楽しみましたよ。

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ところで国書刊行会というとユイスマンスを出してくれる奇特な出版社で、「さかしま」「彼方」「出発」「大伽藍」に続くシリーズの翻訳を出さないのか?と電話したことがある。すると「担当の人に代わります」といって出てきた方がもうほんとに「ユイスマンスが好き♪」というオーラをむんむんに電話越しに放っていて、なにやらすごくいい出版社だなぁと思った事があります。本を愛する人が凝縮されているようなそんな感じ。頑張って欲しい出版社だなぁと思いました。でも「大伽藍」は完訳を出して欲しい。面白そうなところをカットしちゃうんだもんよ。
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なんとなくアマゾンでみつけた。

キマイラの新しい城 (講談社ノベルス)

キマイラの新しい城 (講談社ノベルス)

事件発生は750年前!古城の密室に石動戯作が奇抜な演出で挑戦する!
この話を書けるのは殊能将之の他にいない!
「私を殺した犯人は誰なんだ?」欧州の古城を移築して作られたテーマパークの社長が、古城の領主の霊に取り憑かれた!? 750年前の事件の現場状況も容疑者も全て社長の頭の中にしかない。依頼を受けた石動戯作(いするぎぎさく)も中世の人間のふりをして謎に迫る。さらに、現実にも殺人が! 石動はふたつの事件を解明できるか!?

奇書と呼んでもよい「はさみ男」の作者、殊能将之の新作みたいです。(といっても1年以上前だけど)「黒い仏」の探偵石動戯作の今度の活躍はこれまた変な舞台ですが、まさしく存在するのかしないのか?わからぬモノ相手に石動の名推理がはじまる・・と言う感じでしょうね。不在なのかはたまた存在するのか判らぬ「中世の騎士」繋がりということでかなり興味あり。いやほんと。こんな変な設定の話は殊能さんしか書けないと思う。