『シャングリ・ラ』池上永一 ジャケ買いして失敗したエコ近未来小説

ギャラが入ったので早速本屋にいって面白そうな本を新開拓をしようと思った。洋物の文学小説はじっくり腰を落ち着けて読める環境の島で読みたいんで、首都にいる間は読みやすそうなのでも読もうと思った。スペースオペラを読んだあとだしね。
本屋の単行本新刊コーナーには丁度、沖縄出身の作家の琉球時代小説があって面白そうだなと思ったが、単行本で上下巻。名前も知らない作家なので外れたら単行本を持て余しそうなので、文庫でこの作家のが出てるのを読んでからにしようかと思った。
目を移し、平積みブースでブリューゲルの『バベルの塔』がででんとある表紙に気をとられ、おおカッコいいぞ!と思ったら、なんとその作家のであった。
これ↓

シャングリ・ラ 上 (角川文庫)

シャングリ・ラ 上 (角川文庫)

シャングリ・ラ 下 (角川文庫)

シャングリ・ラ 下 (角川文庫)

ブリューゲルの絵はカッコいい。素晴らしく惚れ惚れしてしまう。
内容はというと・・・
地球温暖化の進んだ時代、国連は各国に炭素税というものを科すことに決定する。世界は「炭素経済」と呼ばれるものに移行する。
地球温暖化の影響で東京は熱帯の都市へと変貌した。都心の気温を5℃下げるために東京は世界最大の森林都市へと生まれ変わる。しかし地上は難民で溢れ、積層都市アトラスへと居住できる者はごく僅かだった。地上の反政府ゲリラは森林化を阻止するために立ち上がった。」
・・というお話である。
表紙のバベルの塔といい、エコを微妙に皮肉る調子といい、超巨大建造物アトラスといい、なにやら気宇壮大なストーリーである。レンズマンスペースオペラで銀河系宇宙の更に先まで世界観が広がっていたわたくしとしては、ミステリのごときみみっちい空間が物足りなくなっていたので、それらの現実空間へ戻る過程には丁度いい大きさでもある。銀河系宇宙のあとに例えば密室モノとかってギャップありすぎる。
しかも文庫だ。レジに直行した。

読んだ。

がっくりした。

設定の気宇壮大さはいい。東京しかないってのが気になるが、まぁいい。J・G・バラード的な延々と続く建物みたいな不気味建築とかはすごく好きだ。エコに対する意地悪さ加減もそこはかとなくいい。だが主人公が「女子高生の制服を着た女子」っていう小便臭い設定にドンびいた。しかもすげー強い。ブーメランで戦車とか破壊したり航空機を破壊してしまう。なんだ?こりゃ?
「多少ぐだぐだでもマイケル・クライトン程度」なSF近未来小説を想像していたわたくし的には困った感が読み進めるうちに強くなってしまったのである。

どうやらこの小説は『Newtype』に連載されていたものらしい。先にその情報を得ておくべきであった。それならば納得がいく。しょんべん臭い女子高校生や少女が多量に登場し、そのどいつもこいつもなんかしらの天才とか、物語が『ナウシカ』と『アキラ!』と『帝都物語』が渾然一体になってるからと言ってうろたえはしなかった。アニメ的な世界観にはお約束の世界観があるんで、それはそれとして読むことが出来るんである。スイッチを切りかえるだけの話である。しょんべん臭い娘がパンチラして天才的な格闘していたからといって、漫画やアニメ世界では荒唐無稽ではない。それは世界的にも認知されている日本漫画の個性である。

★世界的に認知されている日本の漫画の例

コミック 文体練習

コミック 文体練習

このコミックによる文体演習はかの有名なレイモン・クノーへの『文体演習』へのオマージュである。「自室でパソコンに向かっていた男が一階に降り、二階にいるパートナーから時間を聞かれて、答えたのち、冷蔵庫を開け、ナニを探していたか判らなくなった」というだけの数コマを、様々な『コミック文体』で99個も書き出している。その中にはベルギーの有名漫画TINTINやマーベル・コミックに載っていそうなヒーローもののパロディまである。(何故か「地図」まであった)その中に日本の「MANGA」が文体演習されているんであるが、当然、主人公のパートナー女性は「パンチラ」で登場する。
尚、この項目だけスクリーントーン多用というのも特色である。

そういうわけで、表紙画がアニメ絵で、それこそ『デスノート』の作家なんかが描いていたりしたら間違えなかったのだが、あのブリューゲルである。哲学的で西欧文明批判的で、深遠で、ラブクラフト読んだあとも耐えうるぐらいの深い深いお話があるのかと思っちゃったのにいきなりラストなんかオカルト入って『帝都物語』だし、ぐだぐだっぷりは『アキラ!』の終わりにも通じるような、漫画チックな物語であった。角川だし。予測つけときゃよかったよ。

デスノートな漫画家は太宰治の表紙を描くかと思えば、アニメな物語にブリューゲル。最近の出版社は視覚情報の持つ意味を間違えてるんじゃないか?ジャケ買いしてがっくりしたわたくしとしては、出版界の視覚情報への感性の怠惰っぷりに怒りを覚えるのである。

つってもまぁブリューゲルってのもよく考えたらあの時代にあって、けっこう「新しい」。当時の鼻持ちならないアカデミックな人々の眉をひそめさせたかもしれない変な絵、沢山描いてるし。


で、話が表紙への文句になってしまいましたが、物語は何度も書いているようにナウシカでアキラで帝都物語なんで別に付け加えることはありません。アニメ化したらよいようで早速そういう話があるらしいです。

尚、この物語を既にアニメ絵で作画していた人がいるようで、実は連載時の挿絵描いていた人だそうです。↓
http://gallo44gallery.web.fc2.com/
http://gallo44gallery.web.fc2.com/sha01_04.html
http://gallo44gallery.web.fc2.com/sha05_06.html
うーん。世界観がぴったりで、断然いいです。キャラも活き活きとしていて魅力があります。難を言えばアトラスはもっとキモく、未来世紀ブラジル的なのにして欲しかった。サイバーパンク系は苦手と見た。せめてフリッツ・ラング(映画『メトロポリス』の監督)並みの絵が欲しかった。でもまぁ世界観はよく出てます。
この人に表紙描かせてあげればよかったのに。

・・・・でも、きっとわたくしは買わなかったかもしれない。ごめん。

◆◆
この小説と、アングロサクソン的、WASPな米華思想の『レンズマン』は共通している。この小説では日華思想・・・それも東京中心に成り立っている。他の世界は無視されているか道具に過ぎない。日本に天才が集中してそれもみんなほとんど少女。メリケン国のキニスン一家だけでほとんど世界が進んでいるレンズマンと同じである。そういう意味では気宇なくせにどちらも密室感が漂う。
比べるほうがおかしいが、一族の一生の物語をただ、だらだらと書いているだけのガルシア・マルケスの『百年の孤独』の方が世界がでかく見えてしまうってのも不思議ですな。

あと、優性思想的なのも共通してるなぁ。
まったく違うものが読みたくなって来ました。