図像学的な本3点・竹下節子、ル・ゴフ、中野美代子

トム・クランシーとか、アメリカンな軍ヲタでナショナリストの馬鹿本を読んでいたのにいいかげん飽きて(というか、近寄らぬほうがよかった無駄な世界だったと認識し)やはり脳みそに滋養をつけねばなるまいと、おのが領域のびじつ世界本を3つ平行して読みはじめましたよ。
キーワードは「図像学」。といっても専門的なそれというよりは読み物的に面白いもの、つまり図像を巡る考察本。、竹下節子の『「弱い父」ヨセフ』、ジャック・ル・ゴフの『絵解きヨーロッパ中世の夢』、中野美代子の『綺想迷画大全』という3冊。
この三冊を持ち歩き、学校に行くときとか、教会に像を修復行くときとかに、読んでいる。ルゴフと中野さんの本は大型の単行本で、こんなものを二つも持ち歩くなんてのは肩こりの要因になるのだが、気が向いたときに好きな箇所を読みたいので、ついつい持って出てしまうのである。ただの馬鹿である。

まぁまだ読書途中なので最後まで読んでないですが、ご紹介も兼ねて、取り上げときます。

ヨセフという聖人を通じて知る、西方キリスト教会のプロパカンダ変遷史とでも言おうか。あるいは「父性」という概念の変遷史とでもいおうか。

キリスト教、特にローマンカトリックにおいて、イエスとマリアは目に付く。イエスは一応、キリスト教では神とされているからいいとして、救いの対象である人間たちの中でもとりわけマリアは目立つというかかなり特別扱いである。カトリックは「マリア教」などと揶揄されることがよくあるが、むべなるかな。

マリア以外の聖人でも、ヨセフは影が薄い。福音使徒とか、弟子とか、フランシスコみたいな修道会、起したのとか、リジュー聖テレジアにように萌え系などの聖人の方が目立つ。ヨセフとマリアという夫婦とその子供イエスという家族で、父ヨセフはずいぶん影が薄いのである。西洋絵画でも登場が少ない。イエス誕生のエピソードの脇役扱いぐらいしかほとんど見る機会がない。そもそも聖書に於いても扱いがほとんどされていないのだな。

つまり、西洋という文化の根底にあるキリスト教の「家族」モデルに於いては、父親ってのはすこぶる影が薄かったわけだ。なんせ、受胎告知のエピソードからして「父親いらなくね?」な按配で、幼い餓鬼と女房を食わせてのち、行方が知れない。

そんな「父親」ヨセフについて改めてスポットをあて、過去どのような酷い扱い・・いや、キリスト教史の中で、どのように取り上げられてきたのか、竹下は歴史を追って記述していく。見落としていた「ヨセフ」という存在をこのように読むと、「謙遜」或いは「清貧」という徳について過去の人々がどのように考えて伝えようとしたのかということもよく解ってくる。そしてそれは実は密接に教会政治と関わっていたのだというあたりも面白い。

まぁ、聖人認定、もしくは「聖人」というのは非常に政治的である。教会が主張したいこと、その時代の教会のプロパカンダを知りたいなら聖人の扱いを知るのが手っ取り早い。

日本では最近多くの殉教者が福者となったが、その福者に関する声明には「信教の自由」が入っている。日本のカトリック教会の中枢が日本の右傾化を恐れていることが伺える。微妙に靖国反対プロパカンダも入っているのだろうし、或いは政教が一致していくような政局への牽制だろうな。などと、わたくしなどはこの一連の動きを冷ややかに眺めている。聖人を信仰世界の為ではなくイデオロギーの道具にされるのは勘弁して欲しいものだ。というのが正直な気分である。キリスト教が多数派な国家ならそれも有効なのだろうが、残念ながら少数派な日本においてはあまり有効ではない。寧ろ政治的に動けば再び警戒されて、マジ迫害が起きるかもよなどと、逆に警戒してしまうが。

閑話休題
まぁ、そういうわけで、聖人というのはその時代のカトリック教会が求める「理想モデル」である。竹下節子はこの書の紹介文でこのように記述している。

「イエス、マリア、ヨセフ」という最後尾の立ち位置だったヨセフは、決して今の日本の多くのお父さんたちにとって遠い存在じゃないわけです。だから、弱い父ヨセフが実は最強の父でもあることの秘密を是非さぐってほしいと思ってこの本を書きました。父権や父性というジェンダー・イメージも考え直してみようと思いました。そう、誰でもヨセフになれるし、ヨセフ的幸福に照らされることもできるのです。
 一般書で聖ヨセフについての本は日本では少ないかと思うので、キリスト教文化圏における聖ヨセフの姿をいろいろな面からとらえました。
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/bamboolavo/livre/frame-livre.htm

身近な父親像であるヨセフ。この書では、そのヨセフを通じて様々な時代のカトリック教会が求めていった像を追うことで、西洋の一般的な人々の家族観、あるいは人間観の変遷をもうかがい知ることもできるとはいえよう。

でもまぁまだ最後まで読んでないんで、この辺で。
因みに、ヨセフの復権に大きな役割を果たしたのがフランシスコ会だったという辺り、人間を通じて物事を知る、身体的霊性を持つフランシスコ会ならではの視点だなとか思った次第。

絵解き ヨーロッパ中世の夢(イマジネール)

絵解き ヨーロッパ中世の夢(イマジネール)

まぁ、いうまでもなく。ル・ゴフ。中世。アナール学派親父の中世本。
ル・ゴフとあると反射的に手に取る癖がついているので、手に取った。買った。ちょっと読んだ。ちょっとなのでちょっと紹介。

中世を連想するキーワード。アーサー王、カテドラル、シャルルマーニュ、トリスタンとイゾルテ、(女教皇ヨハンナまである)といった「中世の夢」を彩る、神話や伝承の「英雄」や歓喜を呼び起こすような「驚異」な存在のイメージの変遷史。という本。要するに上記の竹下せんせのヨセフ本的なものが、簡略に述べられていて、しょっぱなの「アーサー王」ではモンティ・パイソンの映画まで紹介されてました。


図版が沢山あってうれしいのだが。装丁デザインが悪い。原書房の装丁はなんかいつも酷いんだよな・・・。ルゴフせんせの本が馬鹿そうに見えるのをなんとかしてほしいものである。

ちょいと筆を休んでいて思いだしたのだが、ジャック・ル・ゴフの『煉獄の誕生』を霊的師匠濱ちゃんに無期限で貸与というかほとんど差し上げた状態だったのだが、友人が読みたいというので取り返そうと、師匠に「返してちょ〜」と、申し出たら、無くしていた・・・_| ̄|○
うっかりしていたがフランシスカンは、使用権はあっても所有権はない。そして兄弟の所有物は共有される場合が多い。わたくしの『煉獄の誕生』はどうやら会の誰かが使用権を行使したらしい。
ここを読んでいるフランシスカンがいたら「返せ」とのみ言っておきますでつ。ぐすん。
・・・というわけで、『煉獄の誕生』は諦めてください>某


綺想迷画大全

綺想迷画大全

中野美代子というと、中国を中心とした東洋の文化に詳しいというか、専門家。中国文学の学者さんである。先だって亡くなられた若桑みどりの東洋版。その文学、芸術への造詣の深さと、読者を愉しませる文をモノにする才能で、学者さんの本というよりは娯楽読本としても楽しめる著作を多数出している。オマケに小説まで書いてこれまたけっこう読める。女版渋澤龍彦荒俣宏という感じ。

その中野さんが、ビジュアル多数掲載の本を出したというから、これは買わない手はない。

中国の美術に関する本というのは意外と少ない気がする。専門的な世界の人が書いているのはあっても、中野氏のようにディレッタントな感性にアプローチする、読み物として面白く尚且つしっかりしたものはほとんどない。せいぜい読み応えがあるものといったら陳舜臣の『中国画人伝』くらいで。しかしこれは中国の歴代の画家たちの紹介で、ヴァザーリの『ルネッサンス画人伝・中国版』のごときものであって、図像学的な面白さはない。

そんな人材欠乏状態のわが国の中国美術研究で、唯一、異彩を放っているのが中野美代子である。しかも中国にとどまらず、東洋イスラム世界から、ヨーロッパまで知識は広く、彼女の書はそのスケール感が心地よいのである。以前、仕事を中野せんせと共にしたことがあったが、広いユーラシア大陸のあちこちをエッセイ上で放浪していて、正直、資料集めが大変だったが、すこぶる楽しかった。

この『綺想迷画大全』はその縦横な知識を駆使した世界のパノラマであり、我々はあたかもマルコ・ポーロのごとく未知なる綺想のビジュアル世界を旅した気分になる。スキヤボデスから、孫悟空、バリの奇想画からインドの神話の馬鹿絵まで、前述のル・ゴフせんせのように歴史の中の様々な人の想像力が産んだ、気になるシロモノを取り上げていて、中国版「中世の夢」という感じですよ。

中国の浮世絵といってもいい「清明上河図」などはその画を見ているだけでも楽しくなるもので、以前からわたくしはこの絵のためだけに台湾にいきたいなどと思っていたが、中のせんせも取り上げていてくれて嬉しかったです。

この本もル・ゴフせんせ同様、ヴィジュアルだらけ本なんだが、しっかりしたデザイナーが造本していて、とにかく麗しい装丁にうっとりである。中野氏は昔っから造本には五月蝿いのであるが、こういう心意気は嬉しいですね。ただ惜しむらくは、肝心の図版を印刷物から起していたりするので、イマイチ程度がよくない。つまりもとの図版写真が悪い性でせっかくのヴィジュアル本も緻密さに欠ける。とはいえこれら取り上げた絵画はあまりにもマニアックすぎて図版そのものの入手が困難なのだろうから仕方がないのかもしれない。にしても文に説明がある図像が、頁のど真ん中に位置して切れてしまい、見る事不可ってのは困りますよ・・・_| ̄|○

中野せんせはかなりのお年ではあるが、健啖っぷりが頼もしく今後もどんどん活躍していただきたいものです。

奇想の図譜―からくり・若冲・かざり

奇想の図譜―からくり・若冲・かざり

奇想の図像本のロングセラー。学生時代に読んで正直感動した。中野美代子さんも取り上げている若冲をこれで知った。いやぁ若冲って、確かに中野さんの言う通りバロックっすね。
中国画人伝

中国画人伝

陳先生の中国画人本。あまりなじみがない中国人画家を知るにはよい。アマゾンレビューに間違いがある!などと指摘されてるけど、まぁ陳先生はご専門家ではないんで。これを手がかりに中国が世界に行くってのがよいかもですよ。そもそもヴァザーリだって間違いだらけだもん。