『ダントン』アンジェイ・ワイダ 男臭い法廷

徹底した暴走が、大量の死者を産んだ歴史といえばフランス革命
革命という意志が、セクト争いを産み、異る意見のものを排除しギロチンへと送り出す。牢獄は処刑待ちの人々で溢れ、多くの歴史遺産は破壊された。自由へと到るはずの歴史の非情な車輪が人々を踏みつぶしていく光景に戦慄してしまう。フランスは人民の血を流しリベルタを勝ち取った。今日の我々が民主社会でこうしていられるのもかような先人達の血のお陰でもあるといえる。

故にフランス革命史というのは、辿っていて楽しいものではない。エンドレスの権力闘争が続く。物語としては盛り上がるようで終わりがないともいえる。ルイを処刑してお割りかというとそうでもなく、その後もだらだらと様々な人々が登場しては消えていく。最後に登場するナポレオンの物語のほうがなんとなく物語にしやすいというか、絵になる。

今、某雑誌で某作家のフランス革命史の大河小説の挿画を描いているんだが、これが動きがない。ほとんどが国民法廷とか、登場人物達の議論とかなんで、動かないのだ。法定劇というのは絵にするのが難しい。時々バスチーユとか、革命記念の祭典とか絵になりそうなのが出てくるけど。とにかく登場人物がみんな男で、絵になりそうな男と来たらサンジュスト君ぐらいだが、まだ出てこない。ミラボーとかデムーランとかラファイエットロベスピエールなど、個性はあるけど絵としての華を求めるには少々難がある。中心人物のミラボーに到っては岩みたいなおっさんだし。そういうおっさん達が密室で侃々諤々やってる物語って、挿画描くの大変なんですよ。ネタが尽きるというか。

それを映画にしてしまったのがワイダの『ダントン』
ダントンは醜男であるが男臭いというのが定説で、萌え対象ではないがしかしフランスでは大層人気がある。
ワイダはポーランド人で、ポーランドにおけるあの「連帯」の政治的な心証が投影された映画だと思うが、欧州人に等しく投げ掛けられる原風景たる革命の光景という按配か。対立するロベスピエールの心痛がダントンの豪快さと対照的でもあり、この映画はダントンを描きながらロベスピエールという、かつての盟友達をギロチン送りにするという非情な決定をした人物の、その肩にかかった重さのごときモノを表現したかったのかもしれない。ロベスピエールはこの映画の中でずっと苦悩した顔で出ているが、俳優の選択がはまり役。ダントンはハンサム過ぎやしないか?いい男な俳優がやってるんで、ちょいとイメージは違うんだが、演技がすこぶるいい。存在感がある。
この映画の見どころは、議会や法廷での光景だろう。野郎ばかりが演説しまくり、やじが飛ぶ。国会の答弁みたいなことやってるんだが、議会の光景がだらしないってのも面白い。秩序無さ過ぎ。

革命政府に逮捕され、牢獄送りとなるダントンはかつて自分が送り込んだ囚人に罵倒される。そしてこのダントンをギロチン台へと送り込んだロベスピエールも、サン・ジュストもその道を辿ることになる。その歴史というか、動き出したら止まらぬ非情な「革命」の構図をワイダは描きたかったのか。