『ビルマの日々』ジョージ・オーウェル
で、島休日は上記のごとき過ごしたが、島の先週末は宴会だった。晴れると宴会。これ島の常識。
大工の島人と陶芸家の京都人、Yさんご夫婦の宴会に呼ばれたんだな。
友人のEさんにピックアップしてもらって出掛けた。まぁ島の宴会はいつものごとく野外で楽しくやるわけだ。すでに帰ってきて何回目だ?宴会?とにかく島人の開けっ広げな宴会は楽しい。
で、Eさんのイワン雷帝と同じ名前の旦那(英国人)ミスターBと何故か本の話になった。ポール・セローが好きだという人にはなかなかお目にかかれない。セローの鉄道紀読んで感銘を受け、シベリア鉄道に乗ってロンドンまで行った話をしたですよ。彼の話ではセローはイギリスの鉄道旅もしているそうで。読んでみたいもんだ。
その、ミスターBはヒッピーブームん時に流れに流れて、日本まで来た人でまぁそれなりの歳である。まだおそらく初々しい英国青年だった彼は初めて東京駅に降り立ち、地図を開き、山が好きなので山岳地帯を示す地図の茶色い処に行こうと、高崎行きの汽車に乗った。しかし高崎は山ではなく都会だった。すこぶるがっかりしたそうだ。イギリスは茶色いところは少ない。カンブリア山脈とか、もっと茶色いのはスコットランド地方まで行かんとない。しかし、厳密に見るなら高崎は麓だよな・・・。何故、軽井沢まで行かなかったのかと小一時間・・・。
その彼がオーウェルの小説が好きだという。オーウェルはビルマにいたことがありその彼の体験をもとに書かれた『象を撃つ』にB氏は感銘を受けたという。英国人固有のプライドの奇妙さ。そういう話をしてくれた。そういえば家にオーウェルのビルマ時代の話をもとに書いた小説『ビルマの日々』があったなぁと思い出し、家に帰ってから読みはじめた。なんだか途中でだれてしまったマルケスの『コレラの時代云々』を横にほおり出して。
昔読んだはずなんだが、脳のハードディスクの容量が少ない性で愉しんだ。
- 作者: ジョージオーウェル,George Orwell,大石健太郎
- 出版社/メーカー: 彩流社
- 発売日: 1997/10
- メディア: 単行本
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主人公は英国のプライドにしがみつき、現地の人々を馬鹿にし付合わない英国人に対し批判的であり、その友人であるビルマ人医師は英国のものは全てよく、ビルマのものは全て悪いというような、英国かぶれ。その医師はそれなりの地位があり、政敵がいる。その政敵に失脚させられそうになっている。その理由は白人のクラブにはじめて現地人が登録されるかもしれない栄誉の妨害である。彼に対するあらぬ中傷、怪文書が白人クラブの周辺を飛び交い、主人公と医師の友情にヒビをいれようとする。たかがクラブ登録ですらおおごとになるような白人社会と現地人社会との分断。現代ではシュールともいえるそんな光景が植民地下の英国にはあったようではあるが。その不条理さは前に紹介したインドネシアの小説などにも感じた。植民地ってのはろくでもないよな。
んで、島で宴会〜。なんて浮かれている我が島の空気と同じ、いや、ビルマはもっと熱帯なんだけど、マルケスの描く雑雑とした向上していかない円環するコロンビアの光景よりもっと酷い。シロアリに食われ根ぐされして黴が生えまくった廃屋に住んでいるみたいなそんな気分。白人が熱帯に住むってのはそんなふうに腐っていくような印象を受けることがよくあるけど。過剰な生に耐えられないというか、孤立して、英国人社会だけのタコ壺に篭るか、はみ出して腐るかみたいな。そういう文学とか映画とかって多い気がする。ポール・ボウルズの『天蓋の空(シェルタリング・スカイ)』もモロッコの砂漠の迷宮に彷徨い込む男女の話であるが、なんかそういう、脆弱な文明の白人(英国系)と異文化の取り合わせって多いな。セローの『モスキート・コースト』もそれもんだし。
英国人が植民地下で頑強に自分の文明から出ようとしない様をオーウェルは批判的に描いているが、しかしそこからはみ出した主人公が孤立し孤独のうちに死す羽目になる光景をこれまたなんらの同情も生まないような筆致で書くので読後感はあんまりよくないが、濃密な密林に覆われて行くような感覚は面白くはある。
B氏は遙かイギリスからやって来て最終的に島に住んでるが、こういう小説読んで育った青年なんだな。なるほど。マイペースに島に馴染んで楽しくやっている。でも、奥さんであるEさんは「時々、ネイティブな言葉で深い話をしたいだろうに・・」とつぶやいていた。B氏は帰っても「ガーデントーク*1すら出来なくなってるけどね。」と言ってはいたけど。