島尾ミホ『海辺の生と死』『祭り裏』ミホの目

島尾ミホの訃報に際して、finalventさんがブログで書評を書いていらした。
極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/03/post_593f.html
[書評]海辺の生と死(島尾ミホ


以来、島尾一家の本をBK1やら図書館やらで借りてきて読んでいて、島尾敏雄の『死の棘』に関しては既に書評を書いた。島尾ミホに関してももう読破していたのだが、締切の慌ただしさで、じっくりと読後を楽しむ気にならず書評をおあずけにしていた。

海辺の生と死 (中公文庫)

海辺の生と死 (中公文庫)

祭り裏

祭り裏

既に絶版になっていたこの二つだが幸い図書館にあったので借りてきて読んだ。収蔵書籍数世界最弱級を誇る我が島の図書館だが奄美関連の書に関しては有り難いことに揃っている。

島尾ミホ奄美の本島に沿うようにある加計呂麻島の出身。加計呂麻島は現在では瀬戸内町といい奄美の街と合併している。本島とは大変に近く船で行き来しているようだが、やはり離島であり、その島の宇宙で完結する世界であった。我が島よりはずっと大きな島ではある。故に川や山なども有り起伏に富んだ島のようだ。

ミホが描くのはその島の小さな宇宙の話であり、彼女自身が生きたその物語でもある。ミホ自身はこれらは全て創作であるとのちに語ってはいるが、彼女が目にし、聞いた、島世界を結晶化させた、そんな美しく透明な島の記録である。

わたしの住む島も、ミホの住む島も、なにか共通の世界観で繋がっている。島尾敏雄は我が島を絶海の孤島などと評しているが、海の見えぬ道によって、文化も習俗も宗教も重なっている。それは琉球弧を形成する島々に共通の物語でもある。だからミホの作品は島に住みはじめて聞いたさまざまなことの断片がそのまま世界になったものとして、わりあいすんなりと入り込めた。「わりあい」というのはしょせんたびんちゅ故の外部者の視点から見ているというその距離感からだが。

ミホはこの小さな島の森羅万象と一体となり、島自身の目として人間の営みを観察している。あたかも島の巫女のごときミホの視点は善悪を越えたものとして、人々の営みを記してゆく。たとえば『祭り裏』では島自体の表も裏もない島の赤裸々な日常がかかれていて、驚かされる場面もあるだろう。座敷牢に閉じこめられてしまう男。首をくくってしまう男。ハンセン病の男。閉鎖空間の悲しき日常も、ねっとりとした熱帯の闇に溶け込んでいく。島と同化し在りて在る者となったミホの目はそれらも目をそらさず観察している。光と影とがくっきりとした島の自然に読者は埋没してしまいそうになる。

わたしの家の近所に墓場がある。島犬の散歩道だ。
近所の小学生がそこで女の人の霊を見たと言っていた。「そういうこともあるだろうね」と聞き流したが、『祭り裏』に霊の見える「コウマブリ」のおじさんの話が出てきて、人から彷徨い出た霊「イキマブリ」が墓場へと向かおうとするのを戻すという場面が書かれている。近所の墓場をうろついていた霊がイキマブリなのかは判らない。ただ墓場にはいまもまだ洗骨を待つ社の建てられたものがあり、女性の草履が置かれていたので、なんとなくそこから抜け出て、家まで散歩に出ていたのかもしれない。だからなんとなくその前を通る時は挨拶をしていく。「こんにちは、久しぶりに帰ってきましたよ」「済みません。前を通りますよ」「今日はなんとなく寒いですね」墓はなにも語らないが、じっとこっちを見ているものの存在を感じる。

墓には洗骨を終え、壺に収められたその骨壷が剥き出しで並んでいたりする。島の人はいつでも蓋を開け、そこにいる人と会えるようにしているそうな。

ミホの世界にはそんなあの世とこの世の境が曖昧なそんな小さな宇宙が書かれている。

ところで、うちの島では「有り難う」という時に「とぅとぅ〜がなし」という。ミホはこの小説の会話を島言葉で綴っているが、「がなし」という言葉がたびたび出て来る。「神さま」というほどの意味なようで、「とぅとぅがなし」は「尊い神様」という意味に相当するようだ。感謝の言葉を神に捧げるというのは、どーもキリスト教での感謝の祈りに通じるものだなぁ・・などと思ってみたりもした。
島の神は自然の神であり、それに感謝を捧げている。キリスト教の神はあの一神教の神ではあるが、やはりなにか感謝する時にその神への感謝を忘れずに添える人が多い。相通じる世界観が、分断されているはずのものたちの根底に在るのが面白いなぁと思った。