『マーリー』ジョン・グローガン 世界一のバカ犬話

ペットを飼っている人のペット話ほど馬鹿げて見えるものはない。犬を飼っている人の犬話とか猫を飼っている人の猫話とか、まぁ退屈極まりないし、身びいきが酷くてアホかと思う。犬について本をいくつか書いているある動物学者は、犬びいきの性か「猫を飼っている人は社会行動的に問題がある人が多い」などとトンでもな分析に言及していた。(ほんとかよ?)どうにも自分の飼っている種についてひいきしたくなるその状態がすこぶる付きで滑稽である。
しかし、例えば「子供?俺はそんなものいらねぇよ」などといっていた同級生が、正月の年賀状に自分のガキの写真を堂々と送ってくる(しかもお前、美大の癖にそんなセンスない年賀状でいいのか?)。その点を指摘すると「子供を持ったらわかるよ」などと言われてしまうのである。どうも人間、なにか家族なるものが増えると変容するようである。他者から見るとすこぶる滑稽でも、身内のこととなると盲目になる。それは愛情の結果でもあるのだろう。
かくいうわたくしもお犬様を生活を共にするにつれて、そういう傾向を持ちはじめた気がする。ブログなんぞに犬飼以外にはまったく価値がなさそうな『島犬日記』をつけ、ドッグリングに登録しているのがいい例だ。なもんで犬について書かれた本はなんとなく気になってしまうのだな。以前ならまったく無視していたジャンルである。そういうわけで先日『魔の山』を購入したとき、ガルシア・マルケスも買おうとしてやめたそのマルケス本の横にあったこの本をつい買ってしまった。『魔の山』に疲れた時用本ね。結局『魔の山』の最初の章を読み終える前に読み終えちゃった。

マーリー―世界一おバカな犬が教えてくれたこと

マーリー―世界一おバカな犬が教えてくれたこと

いくら気になるとはいえ、やはり概ねは犬本というのはつまらなくお涙頂戴的なものが多い。だから解説や作者のプロフィールを読んでやめることが多いのだが、これは著者が『フィラデルフィア・インクワイアラー』紙のコラムニストだというのでちょっと読んでみようかという気になった。

・・・・意外と面白かった。

犬に関しては犬バカ全開でまぁどうってことはない。よくある話である。バカ犬マーリーはラブラドルの雄犬で底知らずのバカであり、我が家の行儀の悪い島犬ミモザですら彼に比べるとどこぞの深窓の令嬢に思えてしまう。それぐらい破壊的な犬。名前がそもそもボブ・マーリーからもらったという時点でどうなんよ?というような内容である。(但し、犬飼にとってはすこぶる興味深い話だろう。マーリーすごいよ。すごいバカだ。)

しかし面白いと思ったのは、そのマーリーのすごい破壊的な話(網戸は常に穴開き、ガレージは破壊されている。気に入ったメスがいるとカフェのテーブルを引きずったまま追いかけていく)よりも、アメリカ人のホワイトカラーの生活や考え方がどういうものなのかが判った事である。中流より上のアッパーミドルって言うんですか?そういう人が住んでいる生活環境、家のリフォームや、転職活動、フロリダから北部のペンシルバニアに引っ越し等々、生なアメリカンの生活が書かれていてすごく面白い。
子供を産むときの病院の様子、ヒスパニックの多い病棟をその病院のローカルスラングで「スラム病棟」などといってるとか、お金のある人は個室で付添い人も借寝出来るソファがある明るい部屋で、しかも陣痛の痛み緩和の硬膜外注射も保険で出来る。しかし金なしのヒスパニックの人たちは痛み止めも打てないので「スラム病棟」では妊婦たちのわめき声が絶えず聞こえる。そんなアメリカの格差社会の光景がさりげなく書かれる。

フロリダも物騒になってきてついに近所で女の子が刺される事件の現場に居合わせる。この時、飼い犬の世界一バカ犬マーリーが実は頼もしいのだということをはじめて知る。近所では一人暮らしの老女が殺される事件が起きたりと、アメリカ人に犬飼が多いのはこういう環境の性かもしれない。近所にそういう殺傷事件が多いって。。どうなんだ?怖いぞ。犬も飼いたくなるよね。

フロリダには犬仲間の楽園の自然な海岸があり、そこは飼い主同士が暗黙のうちにルールを設けていて、それを守ることの出来ない犬はそこを使えない。(バカ犬マーリーは一度行って二度といけなくなった。)その海岸が法によって使えなくなるのは困るというので法が施行されるまで、飼い主達が署名運動をしたり抗議運動をしていても、結局法が施行されるときちんとルールを守るアメリカ人の一面は興味深い。

犬を通じて知るアメリカの人々の生活はまことに面白かったので、この本は「犬の生態本」ではなく、「アメリカ人の生態本」として愉しんでしまいましたとさ。

◆◆
そういえば妹夫婦がついに日本に帰国した。
上記のごときアメリカンな環境で生活していたのだが、もう、ジョギング中に出くわすピューマにおびえず、幹線道路沿いに横たわる鹿やらなんだかわからない動物やらの屍骸も見ることなく、玄関前で警戒態勢に入ったスカンクと対決する、そういう野味あふれる生活とおさらばで、ぬるくて安心な日本の生活に戻れてほっとしているようである。

因みにスカンクはものすごく行動が遅く、しかもチキンだそうで、脅かすととんでもない目にあうらしい。スカンクが発するアレは数キロに渡って匂うらしい(ほんとかよ?)朝目覚めと共に外気を吸いに外に出るとタマにスカンク臭がするときがあったらしいよ。うっかり脅かして匂いのシャワーを浴びると大変だそうだ。石鹸で洗ってもなにしても取れないそうだ。なんだかトマトかなんかで全身洗うといいらしい。