『菜の花の沖』司馬遼太郎

海モノは好きだ。そもそも海が好きだ。
赤子の頃、父の仕事の関係で静岡に住んだことがある。三ケ日というみかんの有名な産地で近くに海があった。記憶の一番初めは海だった。中学高校を通じて横浜の山手の丘の上にある女学校に通った。屋上から港がよく見えた。浪人時代、学んだアトリエは鎌倉だった。煮詰まると由比ガ浜に行ってボーーっとしていた。なんだか海に関する記憶は多い。そして今や海が目の前の島に住んでいる。

なもんで海が出てくる話がなんとなく好きだ。海ネタにはわくわくする。エーコの『前日島』渋澤龍彦の『高丘親王航海記』荒俣宏が書くところの国姓爺『海覇王』井上靖の『おろしや国酔夢譚』C・W・ニコルの『勇魚』ジェイムス・カウアンの『修道士マウロの地図』塩野七生の『海の都の物語』ホメーロスの『オデッセイア』望月峰太郎の『万祝』大沢在昌の『パンドラアイランド』尾田 栄一郎の『ONE PIECE』映画なら『パイレーツ・オブ・カリビアン』・・今のところ思いついたのはこれだけだど、もっと海臭いのがあると思う。ジャンルを問わず海が出てくる物語はなんとなく読んでしまう。

そういうわけで家に並んでいる司馬遼太郎の中から、『萌えよ剣』・・いや、『燃えよ剣』でもなく『坂の上の雲』でもなく『竜馬がゆく』でもなく坂東眞砂子が嫌いな『功名が辻』でもなくなんじゃか地味なこれを読み始めてしまった。

新装版 菜の花の沖 (2) (文春文庫)

新装版 菜の花の沖 (2) (文春文庫)

江戸後期、淡路島の貧家に生れた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起し、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく…。沸騰する商品経済を内包しつつも頑なに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を生き抜いた快男児の生涯を雄大な構想で描く。

海を相手に商売する親父の話だな。海商人。
一巻は表紙絵がないんで2巻をアップした。ふんどし姿がきりりと勇ましい海の男じゃけんのう。思わず土佐なまりで話したくなるぐらいじゃき。『ごくせん』のヤンクミがぼへぇ〜っと惚れ惚れするだろうけど、いや主人公は半分商人ですから。漁師とは違いますぜ。

なんでも北方航路の開拓をした偉い親父らしい。淡路島から出てきた島人だ。まだ途中なんだが、これからロシアに拘留されたり大変な目にあうらしいよ。今も北の海では海のおじさんが大変だけど昔はもっと大変だったようで。

ところで、我が家の隣に昔「九鬼」さんという人が住んでいて、この人は昔の「水軍」の末裔だと聞いた。すごいなぁ。「水軍」ってのが実は未だにイマイチなんだか判らないが、とにかくすごく昔に和船でぶいぶい言わせていたというのがすごく「カッコいい」と子供心に思ったものだった。また、母方の祖父の実家(祖父は婿養子)が昔、近江の廻船問屋だったと聞いて「かいせんどんや」ってのがナニか判らないけどとにかく「ナンじゃか意味不明にカコイイ」と思ったことがある。因みに廻船問屋についてはこの小説でどんなものかはじめて知ったよ。或いは、島の友人の旦那は海の男で船を持っている。船を操舵する友人の旦那はカッコいいので、友人が惚れて島に住み着いたのがわかる気がする。とにかく海に生きているってだけでなんだか意味不明にカッコいいなどと思ってしまう。

この物語の主人公は意味不明にカッコいいのではなく、幕藩体制の中で己の筋を通して生きている、地に足のついた上での自由さが魅力となっている。

で、この小説の醍醐味は司馬氏の江戸時代薀蓄の駄々漏れにあるようで、ビクトル・ユゴードストエフスキーのごとく小説中に薀蓄垂れがだらだらと続く。薀蓄抜いたら上下巻2冊で終わるかもな。だから薀蓄に飽きるとすぐ放置したくなるかもしれないこれを読み通す精神力が要求されるという、本読みながら司馬氏との戦いをしているみたいな、そんなちょいとばかり草臥れる本です。

江戸の様々な社会薀蓄を知るにはすごく面白い。しかし司馬さんは江戸のお侍社会が嫌いらしい。あと散人先生と同じように農産体制な社会構造が嫌いらしい。とにかくお役人なお侍のやることなすことに文句垂れが多い。司馬遼太郎は西の人だけに官僚嫌いが徹底しているのかもしれない。

それと昨今流行のいじめの構造についても薀蓄がある。字ごとに存在する「若組」等々、とにかくいじめ構造によって日本の文化があるといっても過言ではない的に決め付けている。「いじめは日本固有の体質なのだ」という。司馬氏は「漢語にはいじめに相当する言葉がない」などと仰っているが、魯迅の阿Qは自分より弱いやつをいじめていたぞ。あと清代の石版画新聞に「女郎屋の女将の女妓いじめ」なんてぇ記事があったのだが。どうなっちょるんだ?

どうでもよいような、そういう「俺様はこう思うんだがな」があちこちに入っている司馬文学。最近読んだ忍者者以外は、すごい大昔に『花神』を読んで以来読んでなかったんで、こんな小説家だったっけ?とちょいびっくりしながらも面白く読んでいます。

新装版 菜の花の沖 (6) (文春文庫)

新装版 菜の花の沖 (6) (文春文庫)

新装版 菜の花の沖 (5) (文春文庫)

新装版 菜の花の沖 (5) (文春文庫)

しかし、はてなに出ている新装版の表紙はこうして並べると違う内容の本とカンチガイされそうだな。何考えているんだ?文春!小野先生!
購入される方は本屋さんで「カバーはいらないっす」とかいわない方がいいと思います。