『獣どもの街』ジェイムズ・エルロイ

ジェイムス・エルロイはジェイムズ・エルロイだった。エロイカのジェイムズ君と同じか。
先日、自由が丘の青山ブックセンターで目指す本がなかったためにすごすごと引き上げる途中でこの本を見つけて買った。

獣どもの街 (文春文庫)

獣どもの街 (文春文庫)

馬鹿げた絵と帯に書かれた『ブラック・ダリア』の文字が気になってうっかり手に取った。なんでも『ブラック・ダリア』をブライアン・デ・パルマ監督が撮ったと。それが上映されているというんで気になっていた為だ。
実はエルロイにはトラウマがある。以前友人に薦められて『LAコンフィデンシャル』に挑戦しようとして挫折した苦い思い出がある。なんせものすごいダークな表現、差別用語スラングもそのまま駄々漏れに尚且つ状況をストレートに表現しないこの作家固有のうねうねとした書きっぷり。つまり文章表現で躓いたためになんとなくそのままになってしまったからだ。
この作品は短編だ。新作の短編。短編から入るのも良いかと手に取った。相変わらずの意味不明ともいえる文章。詩にも近い書き方と差別用語スラング、挙句は意味不明の洒落などが猥雑に、悪意に満ちたかのようにあるその文章はいまだ健在だが(よくぞあの猥雑さを再現したかと思うと訳者に敬意を表したい) 短編というせいもあって気軽に読み始め、お陰でこのノアールな世界を堪能することが出来た。
40年代、50年代、60年代、70年代、ハリウッドの暗黒世界を徘徊したケネス・アンガーという文字通りのアングラ映像作家がいる。アングラ過ぎて撮った映画がこれまた意味不明。『スコピオライジング』という映画はゲイのライダーが出てくる映画だったと記憶する。初期の『花火』というのも見たが完全な実験映画だったと思う。もう忘れた。大学時代に新宿のこれまたすこぶるアングラな映画館で見た。アンガーは黒魔術に傾倒しアレイスター・クロウリーの信奉者だった。クロウリーに傾倒していたLED ZEPPELINのギタリスト、ジミーペイジと交流もあったらしい。ドラッグと殺人、複雑な人間たちの作る空虚な宇宙。ハリウッドという虚構の町を徘徊しゴシップを集めた本「ハリウッドバビロン」を書いた。この本が有名である。かのブラック・ダリア事件の被害者の写真も載っていたはずだ。日本ではリブロポート辺りで出していた。うちにも本が転がっていたと思うんだがどこにあるかもう判らん。
そのケネス・アンガー的な退廃、アンダーグラウンドな世界を警察小説にするとエルロイが出来上がるという寸法だろう。とにかく全編、なんとはなしの悪意にも満ちているような、しかし実はとても純粋な主人公の刑事。悪趣味な服装。望月峯太郎辺りが喜んで描きそうなマッチョな男。そしてタフなヒロイン。どこか壊れたようなしかし地に足のついた女優。
シリーズの短編で三作入っている。実話とフィクションとが入り混じる世界。ラストの小説は911テロ以降のLAの警察の世界というなんとなく身近に知っている時事的な状況を背景に物語が紡がれている。同時代的で面白い。

というわけで、次は『ブラック・ダリア』を買って読んでみようかね。こちらはLA4部作。シリーズの一つ。これを読んだらやっと名作『LAコンフィデンシャル』も読破できるかもしれない。