キリスト教ゲーム

今日、家で寝ていたらいきなりキリスト教右翼街頭車が家の前を通り過ぎていったよ。すごく陰気な声で「この世の終わりがどうたら」「神を信じないものは地獄に落ちる」とかいっているアレね。通常は年末の街中(渋谷とか銀座)とかに出没したり、初詣の神社に出没したりするので、こういう日常の住宅街に来るのは珍しい。何があったんだろうか?ああいうのはどんな街頭車でもそうだけど反発を覚えるだけなので逆効果だと思う。右翼のは妨害等が目的なので理にかなっているのだろうけどそれ以外は、選挙カーにしても、迷惑以外のナニモノでもないですね。
magamitioさんによるとどこかの花火大会にも出没したらしい。お盆だからかな?「盆」「暮れ」「正月」がキーポイントか?
http://d.hatena.ne.jp/magamitio/20050814

で、ぐりちゃんがこんなニュースを見つけてきた。

http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20050810207.html
キリスト教ゲームが集結したカンファレンス 
John Gartner   
 オレゴン州ポートランド発――『Grand Theft Auto』のようなセックスや暴力
シーンに満ちたビデオゲームに代わるものを世に送ろうと考えたキリスト教徒た
ちが、より健全な作品で『プレイステーション』世代を引きつけようとしている。

 先月28日から30日(米国時間)にかけて開かれた『クリスチャンズ・ゲーム・デ
ベロッパーズ・カンファレンス』では、世界中から創業間もない企業が集まり、
旧約聖書新約聖書から引用した道徳観や物語をテーマとする、未就園児や青少
年向けの新作ゲームを披露した。

 会場に集まった新興企業各社は、聖書のメッセージを伝えるゲームが、最近人
気のクリスチャン音楽やキリスト教を扱った映画と同様にヒットすることを期待
している。だが、これらの作品によってマルチプレイヤーモードの懲らしめ合い
や荒れ狂う神罰を期待してはいけない。クリスマスシーズンに合わせて売り出さ
れる予定のゲームでは、アクションよりもストーリーや学習に重点が置かれてい
る。

 たとえば、オーストラリアの新興企業、ホワイト・ナイト・ゲームズ社が開発
したアドベンチャーゲーム『Timothy and Titus』(スクリーンショット)では、
プレイヤーはかつて地中海沿岸地域にキリスト教の教えを広めた使徒パウロの2人
の弟子、テモテとテトスを演じる。

 他のロールプレイング・ゲームで使われるヒットポイント(生命力)や武器ポイ
ントの代わりに、プレイヤーは伝道を遂行するための愛や希望、信仰心のポイン
トを収集する。敵に遭遇したときも、『Halo 2』(ヘイロー2)のように手榴弾で
殺傷するのではなく、相手のために祈ったり、「神の御手」を使って邪悪な心を
追い出すなどして栄光(halo)を獲得する。

うへぇ、やりたくない。
娯楽にまで抹香臭いことはしたくないですよ。そもそもゲーム世界はゲーム世界だと割り切ることが出来ないような人に対して自立した判断力を持たせる教育を先ずした方がいいと思うのだが、アメリカの昨今の教育方向を見るとこうした原理主義的な傾向が強く、どっぷりキリスト教教義に漬け込もうとするあやしい乗りが目立ちますね。先の街頭車の人々もそうだけど、アメリカ生まれのキリスト教の傾向はどうしてこうなのだろう。どこか社会とズレがある。でもアメリカではズレていないのかもしれない。どうもアメリカはニューヨークしか行ったことが無いのでよく分からない。このゲームの発案者はルター派の牧師というのは実は意外。ファンダメンタルなバプテストとか、福音主義の牧師か?と思っちゃったよ。