卵とか壁とか言ってるのはなんだ?
なんかブログ開いてみるとみんなが「卵と壁」の話をしている。
昔、読んだ絵本にこんななぞなぞの詩があった。
壁は真白い大理石
その内側に絹のカーテン
水晶のような泉の中に
金のりんごが生っている
このお城には入り口がない
それでも泥棒は忍び込み
金のりんごを盗んでく
まだ幼かった頃、母から何度も読んでもらった絵本にあった詩である。
この詩の謎かけの答えは「卵」である。
このイメージが幼少期の私の中に視覚的に刷り込まれ、「閉ざされた園」、小宇宙、トポスというものの具現として「卵」がある。だから卵を見るとどきどきする。食物としてのそれではなく、閉ざされているがゆえに価値ある壁の世界。マルセル・デュシャンの中を見てはいけない作品のような。
でまぁ、世間で語られている壁と卵に関しては村上春樹がエルサレム賞の受賞スピーチで語ったとかなんとかで、政治的メッセージが込められてどうのこうのという話になっているが、なんつーかそっち方向に興味がいかず、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という小説のビジュアルイメージ的なそれを思い出してしまいました。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
- 作者: 村上春樹
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これ書かれたのは冷戦前で壁っていうのはそういうイマジネーションもあったんでしょうが、そういえばこれを読んでいた時代にシベリア経由でベルリンまで行き、東と西を分かつ壁越えをした。ついでにヨーロッパを周って帰ってきたんだが、壁に囲まれたネルトリンゲンという小都市にもやられ、それで帰ってきてからは壁の絵ばっかり描いていたのを思い出す。
未だたまにモチーフとして壁を描いてしまう。それは上記の卵のイメージと重なる「閉ざされた園」のイメージでもあり、その後ロマネスクの修道院の回廊などに引かれていったのもまた『閉ざされた園』は根底にある。
壁というモチーフはどうも人の琴線に触れるのか、諸星大二郎も、あるいは『20世紀少年』でも登場する。後者はあきらかな冷戦のあの「壁」が根底にあるとは思うが。
村上春樹を読んでいた頃・・・というか村上春樹を読むのをやめたのは友人の死とともであり、彼が最期に読んでいた小説で葬式が終わった日に彼のお母さんが渡してくれた。それで読んだのが『国境の南 太陽の西』。それ以降の作品は知らない。読む気が起きなかった。語れる相手がいなくては。だから昔の村上春樹しか知らない・・・・で、そのイメージにおけるこの作家はずいぶんとビジュアルイメージのある人だなと思った。映像的ではないビジュアルイメージを持つ。
それは象徴としておかれるモチーフの扱い、メタファーとしてのなにごとか、もの。風景。中世の画家達が描くシンボリズム、図像学的なそれ。そういいったものを喚起するような言語を持つ作家だなというか。
卵と壁のたとえは、なんかそうした彼の「言語」を思い起こす。
たぶんこれからも読まないかもしれない。なんというか疲れた。村上春樹に対してではなく村上春樹を巡る言論に疲れたというか。そういうのが読みたくないし、亜流な文体が文学世界に氾濫してるっぽいのにもなんとなく疲れた。
でも「壁と卵」のたとえを読んで心底、村上春樹は作家的な作家だなと思った次第。
だからもしかしたらまた間違って読むことがあるかもしれない。
ちなみの上記の絵本はこれです
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うひゃ。まだあったんだ。懐かしいな。家にあったのはもうどっかいっちゃいました。母が隠してるかもしれないけど。
- 作者: イスマイルカダレ,Isma¨il Kadar´e,村上光彦
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1994/09
- メディア: 単行本
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