聖人認定でバトル/追記 歴史評価について

カトリックのギョーカイ誌を出版するドンボスコ社から、殉教者特集の雑誌が送られてきた。T先生の推薦からいただき文章を書くことになったのだが、文章脳に切り替わらない羽目に陥り、春に苦しんだアレだな。絵描き脳と文書脳はどこか違う。大脳皮質の動きを見てみたいもんである。

日本のカトリック教会は今年、過去の殉教者を列福するその式典で大忙しであるらしい。島は隔離環境なので世の動きをよく掴んでいなかったが、各教区でもそのための祈りなんぞしていたらしいよ。へぇ。

日本人の聖人ってぇと殉教者しかないのも能がないというか、なんだかなぁと斜に構えていて、そういうのをブログでだらだらダラと書いていたのをギョーカイ関係者に目をつけられたという按配。そういうわけで列福に向けてお祭りムードで盛り上がっているギョーカイ人に少しばかり水を指すようなことを特集誌に書いた。
超要約すると・・・
「今更、殉教者の列福?馬鹿じゃね?(以下略)」
・・・・・という内容である。
(冗談の通じない信仰がマジな人が誤解するといけないから補足しとく。馬鹿などとは書いてはいないが、日本にゃぁ他にもすごい人々がいるんじゃね?という話を書いただけなんだな。)


正直、盛り上がってる人々には済まんが実は「馬鹿じゃね?」はかなり本音である。第一、祭り、嫌いなんだ。ミサは殺伐と。これ最高。

で、昨日uumin3さんのトコで紹介されていた記事が目に留まる。
○uumin3の日記
http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20081025
■少し驚いた話

▼ 「大虐殺に沈黙した法王」は聖人か 聖職者が論争
http://www.asahi.com/international/update/1025/TKY200810250007.html
【ローマ=喜田尚】第2次大戦中のローマ法王ピオ12世(在位1939〜58年)に対する評価を巡って、ユダヤ教カトリックの聖職者の論争が再燃している。ナチス・ドイツによるホロコーストユダヤ人大虐殺)に沈黙したと批判するユダヤ教指導者が、法王を聖人に列するバチカンの動きに異議を唱え、それにカトリック側が反発。微妙な関係のバチカンイスラエル政府は沈静化に必死だ。

きっかけは7日、バチカンの世界代表司教会議にユダヤ教徒として初めて招かれたイスラエル・ハイファの宗教指導者の発言だった。バチカンがピオ12世を聖人の前段階である「福者」にする手続きを進めていることに触れ、「我々は彼の沈黙を忘れることができない」と中止を求めた。

これに対し、バチカンの列聖省の神父が18日、ピオ12世に批判的なイスラエルホロコースト記念館「ヤド・バシェム」の展示を取り上げ、「歴史の偽造だ」と発言。現法王ベネディクト16世のイスラエル訪問は「展示が変わらなければ、ないだろう」と語ったため、波紋が広がった。

ピオ12世は、虐殺を見て見ぬふりをしたとしてユダヤ人団体から批判されてきた。一方、バチカンホロコーストへの批判を避けたのはナチスの反発で事態を悪化させる可能性が強かったためで、実際には各地の施設にユダヤ人の保護を指示し、犠牲拡大を防ぐ最大限の努力をしていた、とする。

ベネディクト16世は9日の50周忌追悼ミサでピオ12世の功績をたたえた。だが、自らがドイツ人で、就任直後の祖国訪問でシナゴーグユダヤ教礼拝所)を訪れるなど対話を進めてきただけに立場は微妙だ。バチカンの報道官は双方の信者に「法王に圧力をかけるべきではない」と異例の呼びかけをした。

バチカンイスラエルと国交を樹立したのは93年。前法王ヨハネ・パウロ2世は過去のキリスト教反ユダヤ主義への関与を謝罪、00年にはイスラエル訪問も実現したが、双方は教会施設の所有権など多くの懸案を抱えたままだ。

海の向こうでも列福に水指す親父がいたのに親近感。ユダヤの親父頑張れ!
最近のカトリックは聖人出しすぎ。量産型聖人。ドンキホーテで安く売れるよ!・・という感じなぐらい量産してるんじゃあるまいか?
まぁ過去にも大量に聖人いたけど、あまりにうじゃうじゃいるんで整理したっていうのに。またか。

まぁ、列聖がらみの水差し問題では近年中国の殉教者を列聖しようとして中国政府から横槍が入ったというのもありましたな。


で、uumin3さんのエントリでは

もともと他の宗教の聖者(や福者)の決定に他宗の人が軽々に容喙できるとは思えません。歴史認識で論争をすることはあり得ても「中止を求める」とまでするのは穏当ではないように感じました。個人の暴発とすれば、こういうハプニングはあり得るかもと思いました。

 もしイスラエル政府がこのような「中止を求め」たとしたら…。それはかなり僭越で独善的な行為となったことでしょう。ちょうど靖国問題に容喙しようとしたどこぞの国々がしたように。

確かに他の宗教の人間が口出しする分野ではないよね。
イスラエルとしても事を荒立てるつもりはなかったようですし、このラビが騒ぎ出して、バチカンの青いのが売り言葉に買い言葉で熱くなったという喧嘩にそれぞれの当局が困ったなぁと頭を抱えたという按配なようで。ふーむ。ユダヤ教全体としての意見であるのかどうかも不明ではある。対立しないで終わって欲しいです。

んで、ブクマでこんな風に書かれているよー。↓

2008年10月25日 Midas 沈黙どころかナチの高官をこっそり匿い、南米へ逃がしたとまで言われてる。間違いなく聖人である。聖人とは一般の理解とは逆

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/international/update/1025/TKY200810250007.html

おお。鋭い洞察?

まぁ、よくあるカトリックに対するネガな風評に基づいたブクマコメだし、流布されているこれらの実情はいったいどうなってるのかというのは私もよくわからんがありえそうな話だ。

いずれにしても当時のナチの悪行に対するカトリック教会の姿勢というのは批判対象になってはいる。まぁ、そういう批判食らうと、日本の新聞社が戦前の日本帝国の広告塔になってたよな〜とか、戦時下の反発しなかったあらゆる組織は全て同罪だよな〜とか、色々返したくもなるが、ま、言われてもしゃぁないだろうなと思う。とにかくまぁ歴史を今裁くのはかなり難しい問題ではある。今の価値で単純化して裁くには複雑すぎる問題がある。

ホロコーストの記憶は歴史の中に入れるには記憶が新しい前世紀の事件であり、今も尚その体験を知るものがいて、その時代に欧州の精神性のある種の権威であったカトリック教会の沈黙への評価を出すのは難しい。

既に無神論な人間が増え、国家の権力者達が当然のように教会の言葉を無視する政教分離の時代にあってどれほどの影響力があったかというと、戦前の天皇国家神道と政府の関係で見たりすると間違いで、影響力はすこぶる低い。日本の場合は権力者が天皇国家神道イデオロギーとして利用していたが、西欧の場合教会の権力というのは自立していて時に国家権力と対立もするが、無視されちゃったりする情けない存在に成り果てていたり、教会存在そのものが危うい為、事なかれ主義になっていたりとか、いろいろトホホな存在であっただろう。しかも共産主義の台頭を懸念してファシストと手を組んだので批判されている。神父や司教、修道院という現場レベルでは政治権力と対立して投獄されたり収容所送りになった人も多いが、大本営のほうは色々動きづらい事情があっただろう。

で、あの悲劇をくぐりぬけて来たユダヤ人としては、カトリック教会の曖昧だった態度、共産主義を嫌うあまりにファシストを認めた教会は赦せんものがあっただろうことは理解できる。ゆえにラビが物申す心情はよく判る。

ただ、歴史とは善悪だけで見ることの出来ないような複雑な要素が絡み合っている。何百年も前の歴史評価ですら、時代の倫理価値によって定まらなかったりする。

まぁ、この教皇列福したい意図ってのがそもそもまだよく判ってないんだが、歴史と関わりがありすぎたような人物の評価は200年ぐらい待ったほうがいいんじゃないかと思う。


まぁ、カトリックの場合、単純に倫理的善悪という分野で列福しているわけでもないんだけどね。霊的な分野で深い思索と功績を残したとかそういうのだってあるわけですが、そういう功績はあまりにギョーカイ内のオタク的な分野で社会的なこととあんまり関係なかったりする。

◆◆
追記である。

歴史認識というのは難しい。200年経ってから評価するといいかもなどと書いたが、200年経とうが何百年経とうが、流布されていったイメージを覆すのは難しかったりするし、歴史資料そのものが政治プロパカンダ的に作成されている場合もある為に、事実というのを知るのはすごく難しいと思う。

例えば、ごく有名なスペインの異端審問。かなり過酷でトンでもだったと流布されていて、永らく何万人もが処刑されていたなどと信じられていたが、実際の調査では告発され裁判を受けたのは確かに12万人もいたがそのうち処刑されたのは2000人ほどであったとか、そこで使われた処刑具「鋼鉄の処女」、マリア像の形をした棺桶状の内側に釘が突き出ているというアレ。これは後世の捏造品だったそうだとか。こういうのはスペインと敵対する勢力が流したデマゴーグによって評判が拡大したようである。スペインはイギリスとかフランスとかと色々喧嘩してたしなぁ。まぁ2000人も殺してるんだからやっぱりトンでもだと思うけど。

魔女狩りなどについてはドイツのカトリック系の資料があまりに多いためドイツのカトリック教会ですごく過酷だったイメージがあるが実はスイスの方が人口比からするとかなり多い。スイスはプロテスタントの勢力が強いところである。しかしそのスイスでもカルヴァン派が敵対勢力を一掃する為にかなりえげつないことをしたという話もあるがこれも真相はどうなんだろうか?

宗教改革期以降、印刷術のお陰で大量のプロパカンダ文書が書かれて行くことになる。ルター派が作成したアジビラは相当面白いんだが、フランス革命期にもすげーへたくそな絵のアジビラが大量にあって資料としてみていると笑えます。王家非難のアジビラとかすごい。ゴシップ、嘘、都市伝説、陰謀論、批判的な要素を過大に見積もる等、なんでもあり。現代も似たようなもんだけど。

かように欧州の人々はあの狭い世界で仲が悪く、互いにドンパチやっているので互いの非道をものすごい長い年月、批難合戦していると思われ。南京虐殺で喧嘩してるだけならまだ楽かもしれないですよ。

近年ではクロアチアセルビアがドンパチやっている泥沼のアレで、これまた互いが互いに非道なことをしていて、まぁどっちもどっちなんだが、西欧がクロアチア側についたため、「セルビア人はヒドす」というイメージが先行していたのが記憶に新しいですな。因みにバチカンセルビア正教が多いセルビアではなく、カトリックが多いクロアチア側についた。

ナチ問題の場合は、上記でも書いたけど、どちらの陣営、つまり連合国にも枢軸国にもカトリック教徒がいて、更に背後に世界を共産主義化して教会を潰したろと西欧を狙っているソ連などがいたもんで、敵の敵は味方のようにファシストに協力したって按配なのですなぁ。ナチがどうこうよりも共産主義化が怖かった。戦後もそれは受け継がれ、ヨハネ・パウロ二世はKGBに消されかけたが結局潰したもんな・・・。

前世紀においてカトリックの一番の敵は共産主義だったわけであるが、現代においては「相対主義」とやらを相当敵視してますな。

わたくしはついつい相対的に物事を見てしまう傾向があるので、ベネディクト16世の敵かもしれない。どうしよう。