海の元気がない気がする

与論島で育ち、若い頃に東京に出て、最近戻ってきた、島出身のもとさんが、以前呑んでた時に「海が怒ってる」と言っていた。海が汚されていることや、リゾートホテルによってプライベート化した海岸、そういう理由で海が怒ってる。そんな話だった。
この島にはじめて訪れた時、海の豊饒に驚かされた。海岸からほど近いところにあるサンゴの織りなす色とりどりな海底の起伏、その合間を縫って泳ぎ回る鮮やかな色の魚達。浜を歩けば潮だまりに取り残されたコバルトスズメ達に会えるし、青い海星や、赤い海星や、巨大で饅頭のような変な海星も目撃した。多様な海の生物が告げる島の海の生の豊饒は人を安心させる。海が母なるものだと昔の人は想像したがまさにその母なるものによって守られた海に自分自身もまた守護されている気持ちになる。
その海に異変が起きたのはエルニーニョによる白化現象が世界の海を襲った時だ。琉球群島のサンゴは全て打撃を受けた。島の海のサンゴも打撃を受け全てが死滅した。海の中は死の光景が広がっていた。それはとても恐ろしい光景だった。折れたサンゴの枝が骨のように白く重なり合い、岩石と化したサンゴの残がいが延々と続くだけの海の光景はあの騒がしいほどの豊饒画僧蔵もつかぬほど静かだった。
自然というのは自浄能力があり、時間が経てば再び復活していく。過去にもそういうことを繰り返しながら海は育っていたんだろうとは思う。だから再び再生活動にはいっているはずなのだが、最近泳いでいて感じるのは、その自浄能力が弱いことだ。島が疲れている。
この島は孤立しているということもあり、また小さいために農地も少なく塩害でやられてしまう。農作物に関しては大変に過酷な環境だ。しかし島の人々は昔から海の贈り物で生きてきた。大潮にもなると海に行き海の贈り物を得る。過去、面積のわリに人口が多かったのはそれだけ海が豊富で養うだけの体力があったからだと思う。そういう習慣が今も海へと島人をいざなうのだが、拾ってくる獲物が小さくなってる。数が少ない。島の人が乱獲するからどんどん少なくなってるのか。しかし以前ならその採取量に耐えられるだけ豊富だったはずなのに、わたくしが越してきた5年ほど前と比べても海からの贈り物はどんどん減っている印象だ。泳いでいると、以前あったサンゴが崩壊していたり、枯れていたりするのを見る。再生のスピードと崩壊のスピードが同じくらいで一進一退を繰り返しているようにも見える。とにかく成長がすこぶる遅い。体力が無くなった病人のような海だ。
家の前の海底はサンゴやイソギンチャクがかろうじて復活しつつあったのが今年はなんだか判らない藻のごときモノに覆われていてそれが広がっている。これはぬるぬるしていて潮が引くとべちゃっとだらけている。イソギンチャク状の幹のあたりが寒天質でなんともキモイシロモノである。なんだこりゃ?と思っていたらどうやらソフトコーラルというものらしい。え?茶色くて不気味な藻のようなこれが珊瑚?と思ったが、その一種のみが大量に繁茂しているという感じ。累々とこれの林が続く海は不気味。時々成長したのは先端が水色で綺麗なんだが全体としては海が暗く見える。しかしこのポリプ状の気持ちの悪い茶色い藻のようなもののあるところは魚が多い。チョウチョ魚やらモンガラ、ベラのたぐいがひらひらと回遊していたりする。柔らかい触手にうずもれたブダイなんかもいる。時々ウミガメにも出あう。こうやって徐々に海はなんとか再生しようとしてるのかもしれない。ただ、この手のポリプ状のシロモノのみが大繁栄する原因はやはり海の汚れなのかなとも思う。
要因は色々考えられてはいる。様々な人が色々言う。湾の工事のせいで潮目が変化したから。温暖化のせい。中国からの汚れが影響してるんでは?島の牛の頭数が増えすぎているからだ。耕作地の整備による赤土流出。色々な意見がある。
ただ、なんとなく島そのものの体力の問題というか、それが元気ない気もする。島自体の土地の力が落ちてるなんてぇことをいうと電波かと思われそうだけど、そんな感じ。他の島々はどうなんだろう?海全体の力が落ちてるのかもしれないけど、この島は島で守るような存在がいるはず。カトリック的には守護の天使というべきか、神道的には産土神というべきか、そやつの力が落ちてるんじゃないかなどと思ったりする。元気出して欲しいもんだ。