『太公望』宮城谷昌光 ニートの期待の星の実像は違うらしい
仕事してる合間に読んでいた。
「太公望」というと釣り親父の代名詞。
若い頃は冴えないヤツで、ぼーっとしていて、仕事もおろそかで貧乏。女房にも愛想を尽かされ逃げられてしまうという体たらく。ああ、まるで仕事しててもぼーっとしてしまい下流な生活に甘んじている私のようだ。奥さんを持っていなくてよかったというか、そもそも持てないけど。
このおっさん、呂尚というのが名前だが、70過ぎまでぶらぶらしていて、ある時渭水のほとりで釣りをしていたら、そこに文王が通りかかり、魚ではなく王様を釣ってしまったという。この怠け者の釣り爺さんに文王曰く、「私が望んでいた人物だ!」と言わせしめたというから舌先だけは回ったのかもしれない。そして周の軍師となり、商を破り、斉の国に封じられるという、超大器晩成な運命。わたくしのごとく芽の出ない下流な人生を送っているものにとってはまだまだ運命捨てたもんじゃないよな希望を与えてくれる、大いなる望みを勘違いさせてくれるから「太公望」って名前かもですよ。(違)
まあ、そんな下流でニートな人々に希望を与える素敵な神話をもつおっさんなんだけど、実像はどうも違うらしい。
んで、そんな甘い期待を裏切る小説を宮城谷先生が書いてしまった。
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呂尚、幼くして既に苦労人。父を商の受王に殺され復しゅうを誓う。肝が据わっている上、人を魅了するカリスマがあり、分析力にすぐれ、頭の回転がはやい。努力家で勇気もあり、スタンスは軽くどんどんとどこへでも行く。引きこもりでチキンでいつも眠いので頭の回転が鈍く怠け者なわたくしとは対極の人間像として描かれている。太公望の裏切り者。
かように宮城谷は伝承を見事に覆し、商(殷)の紂王(受王)の実像も覆して見せる。極端に宗教儀典が肥大化した国家の有様を改革しようとする改革者の王として描いている。悪名高い酒池肉林も焙烙の刑についてもタダの浪費と淫楽の結果ではなく、それには意味があったと記す。過度に神に犠牲をささげる商という国の宗教のあり方と、その非合理性。天という概念をもった周との比較。この辺りは聖書にある偶像崇拝の禁止という神の命じた戒律のその背景にある光景に似通ったものがあったかもしれない。
宮城谷の書の中では特に動きがあり、講談本的でもあり、読みやすい一冊だと思う。
この中で呂尚の出生たる羌という民族が、非武装的な民族で、それゆえに商によって人狩りに遇うという憂き目に遭い、多くの羌族が奴隷化している現実を、呂尚が己を守る術を持たないモノの運命はこうなる。戦うしかない時に戦わない民族はいずれ滅びる。神に見捨てられる的なことを述懐するのだが、これを連載していた産経新聞の読者は「そう!そう!そうなのよ!」とかうなずいていそうだなと。ちょっと皮肉な気分になった。まぁアメリカに守ってもらっている現実の中で憲法9条〜とかいってるのはどうもアメリカに甘え過ぎだろうとか思うので、呂尚の気構えみたいなのは必要だと思うけど、産経の最近の傾向も怖いものがあるからな。