女の業

『火宅の人』という壇一雄の小説がある。まぁ鬼畜な男の生きざまだ。身勝手で弱くどうしょうもなく破滅型の。

火宅の人(上) (新潮文庫)

火宅の人(上) (新潮文庫)

自伝的小説でもあり、しかし彼の無茶苦茶な生きざまに解放感を覚えるのか、もしくはそう生きざるを得ない小説家のしょった業のごときものに打たれるのか評価の高い小説である。わたくしも「こんな男かんべんな」と思いつつも面白く読んだ。吾妻ひでお失踪日記にも通じる表現者アウトローな一面である。女房子供を放置して家父としての責任を放棄する。鬼畜な男。倫理的に見ると相当ダメダメである。男の業の典型だなと思う。

坂東眞砂子の小説と件のエッセイについて佐藤亜紀が考察しておられた。
○日記
http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2006/08/2006823.html
さすが文学者だけあって鋭いというか、わたくしが感じたなんともいえぬもにょり感を見事にいい当てている。
女の業。女の鬼畜の典型というか。古典的な女の業。
彼女の作品はどこかおどろおどろしく、そのおどろおどろしさは「子宮で考える女性」と或る友人がいっていたそれに起因するものかもしれない。オキーフも、ルイス・ブルジョアも、草間彌生も持っている。彼女らの作品に相対する時のあの深遠をのぞき込むような感覚。或いはフリーダ・カーロのごとき痛々しい自分語り。「見て見て私はこんなにも痛いのよ。」的な。正直拒絶感を伴うと共に、しかしまた見てみたいと思わざるを得ない暗黒の深遠さ。芸大の友人は「だから女には適わない。俺達にはそんな作品は描けない。そう足掻いても太刀打ち出来ない」と言う。へぇ、自由であるはずの芸術世界に於いて性差によるコンプレックスを感じていたのか。その時そう思った。

同じ女流文学者でも、佐藤亜紀は坂東眞左子と違って男性的なマチズモを持ちつつやはり女性的な「深遠」を持っている人だと常々思っていた。美術家でいえばオキーフ的な骨太な部分。その彼女の目からみた「女の業」の描写は背筋が寒くなる。さすが同じ女でもあり、尚且つ文学者だけあって描写が怖い。

坂東のエッセイは正直作品としてみるなら「なにがいいたいんだか、結局」という点で失敗しているとは思う。はじめに「私は子猫を殺している」という引きつけ、それは小説なら面白いが。しかし論となるとその後続く文章は粘液質にうにゃらうにゃらしていて、なにか価値感の相違なりを主張したいのか、ナンなのか中途半端である。この辺りkazume_nさんも違和感を感じていられたようで、「何故、実生活をこんな風に?」とおっしゃっておられた。小説的でありながらにして消化不良の中途半端な告白。倫理的にというよりは「エッセイ」としての完成度が低いから、説得力もなく、今回のような騒ぎを招いたんじゃないか。その論を語ろうとしながら半ば文学的である中途半端さがこれまた「女」的な要素に通じているといえるけど。大野さんがいうところの「猫系女」的な。(しかも書いている内容は化け猫女系だな)同じ女流作家の佐藤亜紀のブログの文の方がすんなり読めるのは彼女がやはり自らの女の業から或る程度距離を取った客観性、マチズモを持ち併せているからだろう。

しかしこの古典文学的な「女の業」が全開にされる場面に出くわし、世間が眉をひそめ、学級委員長的な人間が「間違っていると思いますっ!!!」と告発し、動物愛護団体が訴え、最終的に大手新聞社までもが取り上げるという光景。うーん既視感を覚えるぞ。ほらあれだ。「魔女狩り」みたいだ。当時の魔女狩りなんかも、そういう世間倫理に外れた女は、告発され火刑されたようでございます。

この現代社会で、壇一雄の女房子供への鬼畜な振舞いも同じような反応を生むのだろうか?「不倫はいけないと思いますっ!!!!」的な。起きないだろうな。いや、家庭を顧みないとか不倫ごときじゃ今の時代は「愛るけ」時代だし。比較するなら猟奇殺人犯の癖に立派に文筆業やっちゃってる佐川一政か。こちらは怪奇めいた「女の業」に匹敵するぐらいわけ判らぬ「男の業」。猟奇的な殺人って男が圧倒的に多いしなぁ。しかし何故か彼は「こんな人を表現世界に置いてるなんてどうかしてると思います!!!!」的な批判が少ないような。最初からそういうヤツとして登場したからなのか。どうだろうか?佐川君の『霧の中』という手記を読んでほんとに怖くなったことがあるけど。その後も彼の書き物は出版され続けている。彼にはコアなファンがいるようだ。

◆◆
一輝師匠までもお怒りなので、今度は少し倫理面について面と向いなにか書こうかと思ったが、
寧ろこの方の論考を挙げてみる。eireneさんがご紹介してくださった。
○てるてる日記
http://terutell.at.webry.info/200608/article_4.html
■そこに空地があるから

動物の死骸が日常に転がっている崖下の空き地。そこに投げ捨てることと、水につけて殺すこと、或いはビニール袋に入れて叩き潰すこと。まぁどれも殺しには変わりはないのだが。そして避妊という手段もまたえげつないと思う人にはえげつないのかもしれない。しかし比較するなら佐藤亜紀が書くように前者の方がドン引かれるであろうけど。で、叩き潰すってのが一番怖いな。
飼うことの矛盾というのは日常に感じる。だからなんとも力を込めて批判も出来ないというか。少なくとも腹に傷の残るカナを見ていると悲しくなるわたしとしては。

○今日のドルちゃん情報
http://d.hatena.ne.jp/doller/20060823/1156325269
■しかし、おれたちは鬼ババを内包している
漫画家さんらしいが表現者としての視点。鬼畜になりきれていない中途半端さ。という指摘になるほど。佐藤亜紀さんが出会った女性の方が鬼畜度がすごいよね。

○特殊清掃「戦う男たち」 遺体処置から特殊清掃・撤去まで施行する男たち
http://blog.goo.ne.jp/clean110

我々の身辺から死の匂いがなくなって久しい。しかしその死の光景と向き合って仕事をしている人たちがいる。
ここにはさまざまな「死」がある。
「殺す」涯にある「死」の光景。それを見詰めることで「生」の意味が立ち上がってくると思う。

○ココヴォコ図書館
http://anotherorphan.com/2006/08/post_369.html
■衆愚化は子猫の夢を見るか?
ファシズム。衆愚化するブログ。
猫問題を機にブログ事情を書いている。いや逆か。ブログの衆愚化論を機に猫問題を取り上げている。
で、「きっこのブログ」が叩かれてました。
まぁ「猫ファシスト」と、「ただの猫好きな批判者」は違いますけどね。
前者はきっこみたいな罵詈雑言を吐く露悪的な扇情者と祭に乗るイナゴ達。後者は単なる批判者で考えた末に批判している。
玉石混合なところがネットのつらいところ。

○『坂東眞砂子「子猫殺し」を読み解く』
宮崎哲弥vsえのきどいちろうvs山本モナ

http://tbs954.cocolog-nifty.com/ac/cat5568137/index.html

eireneさんが教えてくれた対談。
最後の人が誰か知らないんですが、この山本さんが司会者役になり、対談。
どうもはじめこの山本女史のしゃべり方というかイントネーションが上下していく感じにイライラしながら我慢して聞いていたのですが、なかなか面白かった。対するお二人の指摘はなかなか。というか檀一雄を思いつく辺り、「作家=鬼畜」という構図ではやはりそこに行き着くかと苦笑。山本さんは生理的にもうダメなようで完全に思考停止状態だったのが、前者二人を困惑させて、そのコントラストがこれまた面白い。

「小市民」対「作家」、「作家、或いは芸能人の聖域」、「フェミニズムの田中みつが中絶の権利に対し主張した言葉とまったく同じ表現」など興味深い話がでて来る。特に最後に語られた或る老職人の語った事が興味深い。しかし、宮崎氏とえのきど氏も完成度が低い中途半端なエッセイだというあたりに達していたのには苦笑。

オルテガの『大衆の反逆』の時代に、作家の聖域もおかされていく社会で、作家はどう生きたらいいのかなんだか考えてしまった。

○死に舞
http://d.hatena.ne.jp/shinimai/20060824/p1
■「子猫殺し」への批判とその批判可能性

他方、小説家という表現者から見た視点を離れ、倫理という社会問題として考えるなら、この方の文は坂東眞砂子への批判として冷静な論考で、説得力があり、読みごたえのあるものである。また、トラバされているkasuho氏の反論も併せ読むといいかも。さまざまな視点があるのだなとまた考える。

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一応、不肖わたくしめが言及したエントリもまとめときます。
2006-08-22■[社会・時事]坂東さん、批判にさらされるの巻
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060822/
2006-08-23■[社会・時事]猫殺しと猫ファシスト/続報、犬殺しも?
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060823
2006-08-24■[島犬日記]島の犬達
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060824
2006-08-25■[書評]『旅涯の地』坂東眞砂子
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060825/1156512601
2006-08-25■[島犬日記]飼うことの矛盾
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060825/1156487937
2006-08-26■[文化一般]文明と野生/子猫殺しへの大衆心理
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20060826/1156568346