ネット村社会

上記や昨日も書いたけど、ネットというのはすごく公開された場でとにかく不特定多数の人が見るよ。という前提がある。
で、非モテ文化系女子を巡る論議が紛糾していたのはその辺りの距離感が書き手になかったというか、読み手になかったというか、相互の断絶でしょうねぇ。
かつてパソ通と呼ばれる時代に命名された「オフ会」という言葉はオフライン、すなわち「公開された場から切れている状態」であるという認識があったのでそこでの出来事をすべからく読み手が共有はしていない。と認識していた。
それがネット時代にオフ会ネタがでようものなら叩かれるというのは、結局、書き手側が特定の相手しか相手をしていないモノを、他の読み手が疎外感を感じる状況で起きたというか、このネットという共同の場のリソースを無駄遣いするなよ的なパブリックとプライベートな問題の衝突なんだろうねぇ。と思った次第。他人様の交換日記やサークルの連絡帳なんか部外者が読んでもつまらない、或いは部外者であることを意識して読んだ時の或る種の後ろめたさ、もしくは疎外というか。そういうのってどうよ?ネットってそういう場じゃないでしょ?という読み手側の意識が生じてくる。
まぁ、そんなの決まりごとがあるわけでもないんだけど、かつてパソ通の時代なんかにはわりとコミュニティが別れていて、明解な管理者がいて、場のローカルルールなんかがあり、オフでの議論はオンに持ち込まないとか、物事の所在がはっきりしたものだったが、こう入り交じった状況だと見えずらくなるモノもあるんだろうね。
ただオフで提案されたネタを今一度オンで検討したいとか、或いはオフ会現象そのものを検証してみるとかそういうのはアリだと思うんでそれはまた個別の問題になってはくると思う。
この単元は以下参照。
○こころ世代のテンノーゲーム
http://d.hatena.ne.jp/umeten/20060510/p1
■[試考]紛争地帯と化すオフ会
ラジオクリルタイを巡る紛争は参加者に問題アリ。と考えておられる。
つまり、オン、オフという価値が共有されていないことではなく、議論の場外乱闘。
様々なのがあったんで、複合的だとは思うんですが、一番もめていたのは確かに「文化系女子」認識に端を発した話でこれはオフネタに全然関係ない処で端を発したように思えますね。

しかし誰かがおっしゃっていたけど、非モテとか、文化系女子にまつわる議論って実はハテナ村社会の現象ではあるかも。勿論、ハテナでも全然興味ない人もいると思うけど、これ、キーワードリンクとかブクマシステムなかったら知らずに済んだネタだったと思うし。ハテナ固有のシステムが生んだ現象かなぁ?