聖バレンタインの虐殺

しかしまぁ、バレンタインをハテナキーワードで参照すると「キリスト教の祝日」とある。
そんなお祝いしないですね。確かに聖バレンティヌスの祭日だけど、好きな人に告白♪なんて習慣はまずない。典礼にもない。キリスト教起源では実はない。こじつけで何処ではじめたか知らんがカトリック典礼にはない。当然他のキリスト教ギョーカイでも教会が率先してやっているという話は聞いたことがない。
日本ではメリーチョコレートという会社がはじめた習慣で、本屋さんがサン・ジョルディとやらの習慣を設定しようとしてかなり無理しているみたいな、あるいは2月10日をニートの日にしようとか、かなり無理やり創られた習慣。キリスト教起源なんて、表面を借り物にしただけで起源もへったくれもないですよ。
にしてもクリスマスにしてもそうだけど、日本は宗教的なものは皆、慣習レベルで自分のものにしてしまう辺りすごいですね。これがおフランスならリベラルな宗教アレルギー攻撃にあうこと間違いなし。こう極端だと宗教側も保守ゴリゴリが登場してとんでもないことになりそうですね。そういえばピオ10世会というど保守なバチカン公会議前の戻せなんぞという反近代な一派は確かおフランス辺りから登場したような。あまりに宗教否定な風潮も一部の人々の危機感をつのらせ、原理主義を産んでしまうという一例。なにごとも中庸が大切だなどと思ってしまいます。
政教分離は大切だとは思うけど、行き過ぎて個人の信仰の領域にまで土足で踏み込むような一線というのが実は難しいのだなと思うのではあります。
そういや禁酒法を布くとこっそり密造酒造るヤツがいたりするのと同じか。