女帝論争

なんだかあちこちで語られている様です。わたくしは耶蘇なもんで宗教的意味合いとかそういうのがよく実感としてわからんとですが、女帝論争の中には「カトリックの司祭は何故女性はダメか?いいじゃねーか」論争みたいな要素もあるようです。神秘・祭儀に性が関わる問題。これが論理的な世俗の合理的な理論からは説明をつけるのが難しいような論拠、「伝統」とかにあるので。わたくしのごとき「神秘は説明つけられないよ」なちょいと保守なカトリック思考的には神秘(神に関わること)は優先事項で、「祭儀の伝統がこうだったです。」というのは説得力を持っちゃったりするけど。世間の人はそれで納得するの難しいのかもしれない。というわけで傍観するしかない。