『聖☆おにいさん』中村光 宗教ネタはタブーではない

先日、デンマーク自爆テロがあった模様

デンマーク大使館狙い自爆テロ、8人死亡 パキスタン
http://www.asahi.com/international/update/0602/TKY200806020258.html
【グワダル(パキスタン南部)=四倉幹木】パキスタンの首都イスラマバードで2日、デンマーク大使館の周辺で爆発が起き、警察官2人を含む8人が死亡、24人以上が負傷した。現地警察はテロ攻撃の予告が数回あったとしており、同大使館を狙った自爆テロと断定。パキスタン外務省はデンマークの新聞が2月、イスラム教の預言者ムハンマドを描いた風刺漫画を再び掲載したことへの報復テロとみている。

 目撃者によると、同大使館前の路上に車が止まり、大使館を警護する警察官が車を調べようとした途端に爆発した。大使館を取り囲む壁が崩れ、建物の壁にも被害が出たほか、向かいの国連開発計画(UNDP)の関連施設も大きな被害を受けた。負傷者にはブラジル人女性1人が含まれているという。現場は大使館や外交官の居宅が集まる地域で、3月に爆弾テロで日本人記者2人がけがをしたイタリア料理店とも近い。

 現地警察などによると、同大使館は風刺画に絡んだ脅迫を電話で何度も受けていたとして、デンマーク人の職員を国外へ退去させていた。政府にも同大使館を閉鎖するよう脅迫が何度もあり、警察が周辺の警戒を強めていた。

 ムハンマドの風刺画をめぐっては、05年9月にデンマーク保守系新聞が掲載したのをきっかけに世界のイスラム教徒の反発を招き、06年にはシリアのデンマーク大使館が投石、放火されるなどの混乱が起きていた。今年に入ってこの風刺画の作者の殺害計画が発覚、「報道の自由」へのテロ行為と反発した17紙が同じ風刺画を掲載し、再び緊張が高まっていた。

ムハンマド肖像画問題が発端らしい。

このネタを知ったのは先日、イエスブッダが登場する漫画『聖☆おにいさん』の存在を教えてくれた道場本舗さんトコ。
○見えない道場本舗
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080604#p3
■[時事][漫画][宗教][犯罪]デンマーク自爆テロ。動機は不明も、やはり「ムハンマド風刺」が原因か。そして我々はたぶん屈する

イスラムだけは風刺も、パロディも、小道具に使うのもやめておこう。他の宗教に対しては行うけど。」
という態度を取ることになるだろう、否応無く。
それはダブルスタンダードか。たぶんそうだろう。だが・・・・・・・。

うーむ。ムスレムは真面目だなぁ。。。

さて、gryphonさんが紹介してくださった『聖☆おにいさん』なんだが。読みましたよ。

聖☆おにいさん(1) (モーニング KC)

聖☆おにいさん(1) (モーニング KC)

実は先日のエントリを某神父が読んでいて、面白そーと言って買って読んだのを送ってくれたのだな。最近、下流なんで本は全部[あとで買う]とBK1のボタンを押しても買い物カゴに溜まる一方だったんで、有り難かった。マルケス読むのを中断して読んだ。

神父お墨付きのイエス漫画って按配だな。
gryphonさんは微妙に心配なふりをしていたが、まず読んだ限りは全然大丈夫ではないかというか、むしろ最高ッスな感想。
まぁもともとがキャラ立ちしてる存在なんでキャラが立ってしまうのは当然なんだが、にしても設定が笑える。ブッダは仏心というか霊的ステージが高そうな精神になると後光が差すし、イエスはプレッシャーに弱くストレスが溜まると聖痕から血が吹き出る。んで、そのつど相方が動揺する小心者でもあり、イエスは超軽で浪費癖があり、ブッダ手塚治虫ファンで手塚のブッタ漫画にはまっている。イエスは実はアルファブロガーらしい。まぁその辺にいるおにーさんたちみたいな感じで。大家さんにはニートだと疑われたりしている。などなど。

ま、大笑いするというよりほのぼの系漫画です。

こういうキャラでイエスが紹介されるというのは、イエスに親しんでもらいたいと思っているキリスト教ギョーカイ人的には朗報ではないだろうか?
布教とか、真面目にあなたは神の言葉信じますか?といって訪問に来られても迷惑だし。気味が悪い。しかし、こういう漫画なら「イエスってジョニー・デップにちょっと似てていいヤツみたいよ」な勘違いをして教会に来る人もいるかもしれないよ。

ギョーカイの学世界には「史的イエス」というジャンルがある。これは福音書におけるイエス像が実存でどうであったのか?みたいなことをやってる学問で、神話的になってしまったものから等身大の人間イエスの像を探ろうという試みであった。しかしいかんせん材料が少なく、新約学者達は自分的イエス像を構築していくことになる。人は歴史の中に見たいモノを見るの法則ですな。なもんで各個人の理想とするイエス像なんぞが数多出てくる。例えば、田川健三という人のイエス像は革命闘志化的でありダンコーガイ的マッチョだったりとか、そんな風である。

そのダンコーガイ的な田川建三マッチョイエスと対極にあるのが中村光のイエスである。なんともなよッとして情けないトコがあり、すぐ世の中に流され、しかも本人だけではキャラ立ちしない。ブッタという相方とともにあってキャラ立ちするのである。ただのよわっちくんである。

まぁこんな身近なイエス像もいいなぁと思うんですが、どうでしょうか?>ギョーカイ各位。

日本人の半分くらいは漫画で育った人々になりつつある。ムハンマドの風刺画どころか、あらゆる漫画的なるものに親しんで、最近では勉強すら漫画でしようとするなど、そんな社会である。こういう社会での話法は「どこかで突っ込み入れとかないとね」が存在し、世界の大半はタブーにしたがるような存在にまで突っ込み入れてしまうのだが、それはそれを笑いものにしているのではなく、愛の一つの現れである。中村光のこの漫画も同様で、キャラに対する愛が感じられる。けして冒涜しているのではなく、宗教的カリスマでありシンボルとしてあるこの存在を、その神話製をはぎ取り、身近なものに引き寄せることで理解していくという方法論である。まさに上記の史的イエスに見られるメンタルがここにある。(まぁ史的イエスは純然たる歴史学であるから違うだろという突っ込みはなしね。)

まぁ、デンマークムスリムの突撃は単なる漫画による冒涜だけではない、様々な社会の中での確執の象徴的な存在になっていただろうとは思われるので必要以上にびくつくことはないとは思う。ただ、キリスト教とか仏教というのは出家的概念とか聖域概念とかもあったりするんで、世俗と聖域との己の中での使い分けがあるかもしれないけどね。それに比するとイスラムは世俗からしイスラム的に生きているので境界がないからかもしれない。ですからやはり彼らが嫌がるようなことはしないのが懸命ではあるかもしれません。

まぁイスラム世界については無知なのでよくは判らないのですが、様々な人がいると思うし、原理主義者的な偏狭さでイスラムを見てはいけないとは思っていますが。


で、漫画でイエスが着てたシャツに「父と子と精霊」とあったのだがギョーカイでは「父と子と聖霊」と書く。「精霊」は違う。二人の着ているシャツはブッダがシルクかなんかで造ったものらしいので、ブッダが間違えているだけかもしれないけどね。インドには精霊が沢山いそうだし。