殉じるということ

トロツキセンセエントリで理念に殉じる人間のことを書いたけど遠藤周作の『沈黙』は理念に殉じることができなかった人々の悲しみを描いている。
先日、終戦の日、そしてお盆にいつも読ませていただいている『司教の日記』を読んでいた。
http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/2006/08/post_f3f2.html

多宗教の国に於いて、少数派の宗教たるカトリックの聖職者の苦悩を感じるものだった。諸宗教との係わり合いの中で自分の立ち位置をどのように定めたらよいのか?ヨーロッパの聖職者には分からぬであろう懊悩を感じるものであった。

カトリック教会は戦時下、国家神道への敬意を迫られた。カトリックと日本の文部省は「靖国神社をはじめとする国家神道の神社で行われる政府の儀式は宗教的なものではないと結論することによって、すなわち宗教性を否定することで信仰を守る道を教会は選択」という結論に達した。勿論「実際にはさすがに当時の文部省もそこまで踏み込んだ回答はしておらず、シャンボン大司教への回答でも、それは見事にそして賢明に避けられています。宗教性の否定は教会側の解釈に過ぎません」ということで、靖国を「習俗」と位置づけたのは教会側の苦肉の策というか定義であった。

正直、靖国を、国家神道を信じるものたちにとっては、「我々の宗教を否定するたぁなんて失礼な!」ということになるだろうけど。もっとも「宗教」の定義そのものが日本と西欧ではかなり開きもあるんで。だからこその「苦肉の策」ではあっただろう。

しかし地方などでは、ことに奄美大島ではこうした教会側の決断を知らぬものも多く、地方の軍人は国家神道を否定するものとしてカトリック信徒を迫害した。戦争が激しくなるにつれ、離島だけでなく多くの場で聖職者達や信徒が監視下に置かれたり特高につかまったりしたらしい。

さてK司教はこれに関して、今日の靖国国家神道に参るのは、当時のこうした苦しみを知るものに「失礼ではないか」という。これを拡大するなら隠れキリシタンを迫害することになったきっかけの仏教を参るのは「失礼」とかそういうことになるだろうけど。きりがなくなる。そもそも殉教物語とは、迫害した側に目を向けてしまっては「恨」が残るではないか。それは現代の俗世的観点であって聖域の目ではない。

あるいは殉じたものが正しく、流されたものは間違っていたのか?それは遠藤の描いた『沈黙』の物語の苦悩を読めばそう簡単なことではない。

奄美の迫害が何故起きたのか。それは理想に殉じるものの言葉からはじまった。国家神道を否定した信者がいた。その信者の「天皇反対」という言葉が引き金となり穏健に他者と和しひっそりとして生きていこうとした人々がそれに巻き込まれた。後者の苦悩のほうが大きい。前者は少なくとも「理念に殉じた」ことで得ているものがある。確かに特定の宗教が他を迫害していくのは恐ろしい。そしてそれはカトリック教会自らが自らのうちに持っている罪である。教会自身が「理念に殉じるのはよい」などといいはじめるのはナニか恐ろしい。それゆえに『沈黙』がかかれたではないか。理念に殉じる生き様は確かに崇高ではあるが、しかしそれを以てナニかを否定的な存在として対置させるのはどうなんだろう。

私自身は靖国に行くことはないかもしれない。少なくとも知識としての興味以外で行くことはないだろう。何故なら信仰としては自分のものではないからである。たぶん「参る」という行為をしてもそれは靖国信者の人にとっては失礼な「習俗」としてしか見ていない。信仰とは主観的な思想ゆえに仕方がない。国家神道を信じるものもイエスを信じるもの達の「ミサ」「礼拝」は西洋やキリスト教文化圏の「習俗」だとしか映らないだろうし。だからヨハネ・パウロ2世の葬儀ミサに多くの政治指導者たちが参加したりするわけだろうしね。
「殉じた人々に失礼であるから行かない」という理由は私にはない。
「戦争に殉じた人々」が靖国にも存在するし靖国の『祀る』とはカトリック的な宗教観とはまったく異なる。逆に「善悪問うことなしに神となる」はキリスト教(含むカトリック)的な発想からはない。

ただ、聖職者と信者ではスタンスが違う。特に司教という重い立場にある方は背負っているものが違う。多くの信者からどう振舞えばよいのか?と尋ねられることは多いだろうし。K司教の聖職者としての「懊悩」というものに共感がもてるのではあるが。


怖いのは宗教そのものではなく「ある権威的存在が他のものを圧殺していこうとする」という行為にあると思う。それは警戒してしまう。そしてどんな共同体でもそのような潜在的な種を抱えているのだと自覚しておかねばならない。

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わたくしこのエントリの所為か知らないのだが、うえに紹介した司教のブログ内容が変容していた。
だから上記に書いた批判がいまいちよく判らないモノになったかも。
で、後日のエントリにおいては

P.S. 元来この日記は新潟教区の方々を対象に情報共有のために存在するのですが、インターネットで公開している以上、不特定多数の方が読まれるであろう事を前提にして書いています。書いている内容には、それを書く背後の理由がある事も多く、象徴的に何かを伝えたいと思って書いていることもあります。いずれにしろ、読まれる方には、是非、よくよく読んで、どうか早とちりをなさらないでいただきたいと思います。コメントはこれまで通り管理する時間的余裕がないので受け付けませんが、質問やご意見があればプロフィールのところからメールが出せますので、メールでどうぞ。時間がある限り、返事はするように努力しております。

・・・・とあった。むむ。

むう。いったん公的に発したモノは、或る程度の批判は当然であること。変更する場合は何故変更するか等を書く。私は公な場で書き物をすることもあるので、常々そう思って書いている。私的なことと公的なことはわけるが、公開される場で音声を発するというのは公的なモノとして扱う。それゆえに批判も甘んじて受けるが、その批判が違うと思うなら、言葉を尽くす。言論の場の誠意というのはそういうモノである。
だから公的な場で為されたことをメールでやるとかそういう手段は基本的に採らない。公に書いた以上不特定多数に問題提起をするのだということを了承したわけであり、またそれ故に公的な場において批判なり議論なり、或いは同意なりをするのが当然だと思う。
もし、異論がある人はメールくれは書き手の甘えだろう。ここが変だから直した方がいいのでは?というのをメールでなんかやらんよ。ブログという双方向の言論の場における読み手に不誠実だろが。そもそもメールでやり取りってのはこじれるもと。ネットでは特に。その場で起きたことはその場で返す。だから私はメールでは公的な場で起きた事は持ち込まない。公と私はわける。陰口ってのも嫌いでな。だから未公開の別な場でやるってのも好かん。

早とちりするなというが、誤解を受けやすい文書を書いたのだということを「文書変更」ということで認めてしまってはしょうがないだろう。いやはや。ならば先ず己の文書を推敲し、どのように受け止められるのか、シミュレーションしたのち載せるべきであろう。第一印刷される文書の場合その手の抹消変更は出来んのよ。そういう場でモノ書いたことある人なら判ると思うけど、だから公的な場でお気軽に書いてしまう恐さってもっと自覚した方がいい。

さて、公的な場に書くのだということを前提としていない方法論は無責任だなと感じるのは、流石に酷なのか?
否、多くの公的な立場にある人はその辺りをうまく回避する方法論で言葉を発するかもしくは発しないかである。しかし自分の言葉で公的に或る人間がモノを書くという覚悟があるということはすごいとは思う。偉い立場にある人がこうして言葉を発するというそれ自体、第二バチカンが大切にしようとしたものをただ座しているのではなく自ら実行しているという点においてかなりすごい人だと思っている。だから私は数いる司教のなかで自己の教区の司教ではないこの方を信頼している。(信頼する人や尊敬する人に面と向かって批判するのが私の悪い癖なんじゃが・・・・・・)
しかし結局その覚悟というのも実は上記にだらだらと書いたような覚悟を伴うのだということだ。

にしても過去の神学者の批判さらされ状態は尋常じゃない。アベラール様はもとより、サン・ベルナールだってまぁ異端扱い受けたことあるし、トマスもそうだし。実は文書を発するというのは大変な事ナンだよ。

ところで話は変わるが感情の赴くままに公的な場であれこれ書いて終いに消す人ってわりといるけど、そういう人はプライベートモードにした方がいいんではないか。批判とかにびくびくしながら書くって精神衛生上よくないと思うよ。場合によっては深く傷つくだろうし。