『出口のない海』横山秀夫

人様に恵んでもらう本で生き延びている頭脳であるが。
これはわが兄貴が閉所恐怖症であると気がついたという怖い本である。

出口のない海 (講談社文庫)

出口のない海 (講談社文庫)

あんまり怖かったと連発するんでどんなホラーかと思ったよ。
爽やかで悲しい戦争のお話でした。


このところ原爆記念日終戦記念日と戦争の季節に突入したのでテレビでも戦争ネタが多くて、先日なんか、硫黄島の地下にこもってアメリカ軍と戦った兵隊さんの話をやっていてこちらも閉所恐怖症にはすごく恐ろしい光景だと思いましたです。とにかく終戦末期の話は何処も悲惨なものが多く、この時代、死と隣りあわせで生き延びた人たちの証言の前には声を失うしかないわけですが、「回天」というこれまたとんでもない兵器の話を横山氏は死と向き合った等身大の青年の思いを通じて描いていきます。淡々とした描写が妙にリアルでそういう意味で兄が主人公の体験を体感的に受け止めたというのは判らなくもないです。


しかし、戦争も末期ともなると精神論が先に立ち、念じれば通じる的なもので押し通そうとしていたのだなと。そういう感覚に皆が麻痺していく。冷静さを著しく欠いているような。わたくし的には戦争というのは功利と言うか利害の果てにあるかなり実際的な、実存的な行為だと思うのです。だから現実感を最後まで失わない人間が勝利する。精神方向に向かってしまった時点で負けというか。
しかしそこまで追い詰められていった当時の人々の無念さ、気付きながらも阻止することも出来なかった人々の無念さというのはあると思います。