団子になる人々の再考・その2

JR西日本の事故絡みで。
月に代わってお仕置きをする人々です。

【社会部発】「罵倒だけ…恥ずかしい」 「客観報道」へ自戒
荒れるJR西会見場/取材陣にも厳しい目
http://www.sankei.co.jp/news/morning/07na1003.htm

「遺族の前で泣いたようなふりをして、心の中でべろ出しとるんやろ」
「あんたらみんなクビや」

四日深夜、ボウリング大会が発覚した後のJR西日本幹部の会見。激しい言葉を次々と投げかけられ、
この幹部はぐっと唇をかみ締め、目を伏せたまま微動だにしない状態が続いた。
発言したのは、犠牲者の遺族ら事故に巻き込まれた関係者ではない。会見に出席した一部の記者が
ぶつけたものだ。

犠牲者に混じって罵倒する記者。
最近の報道はJR西日本叩きに徹しているようです。こうした傾向の先に懸念される一件も。

日々徒然
死を奇貨とする事勿れ
http://blog.so-net.ne.jp/hibiture/2005-05-07-1

連日のように報道されているJR福知山線の快速電車脱線事故のニュースですが、昨日は娘さんを
事故で亡くされた方が遺族会を結成すべく奔走している様子が流されていました。
なんとなく、気になったので、その方の名前と娘さんの名前をメモって調べてみると、
次の記事にぶつかりました。

ここでこの遺族会に関する報道への不審に触れられています。もちろん遺族会を作ること自体には問題はなく、当然の権利です。ですがその報道にある記述に対してFD3Sさんは一抹の不安をこのように記しています。

>日本とアジアの平和のこと、民主主義や人権を守る活動にたずさわってきた藤崎さん

事故のことと、直接関係のない情報なのですが、やはりこの部分が気にかかります。
記事に織り込まねばならない必然性を感じないからです。

こうした場面でも特定のイデオロギーが見え隠れする。そうした団子状の何事かは異様としか言いようがありませんね。これらが「細胞」の一つの姿であるなら怖いことです。あらゆるものを利用して食いつぶしていくのは資本主義のグローバリズムだけではないと思うのです。

前述の糾弾光景でも遺族ではなく何故一介の新聞記者が遺族を代弁するかのごとく糾弾するのでしょうか?あたかも労組の活動場面のごとき行動はもうはっきり言って「勘違い」君のナニモノでもないです。本人は正義と思っているのかもしれませんが、しかしすでに第4の権力というマスコミの責任所在をあきらかにしないような行動こそ、最も警戒しなければならないとは思います。