島犬カナが行方不明になって大変だったこと

台風も遠くに過ぎ去った島の海は再び穏やかさを取り戻した。天気は快晴。雲がほとんどないような空の下で夏休みに突入した子供たちがはしゃいでいる声が聞こえる。
島犬カナは海散歩が大好きで、昼過ぎになるとそわそわと落ち着かず、外へ行きたいと主張しはじめる。
仕事にもならぬ暑い島の午後、島犬カナを連れて海散歩に出かけた。
はじめは海岸の波打ち際で遊ぶつもりであったが、こうも暑いと海に浸かるのがよろしいかと、私も海支度で出ることにした。島犬ミモザはこの暑さで寝てる方がよいと呼んでも出ても来なかった。もしや勝手にキビ畑で遊んでいるのか?と思ったがどうやらマジに散歩が嫌だったようで、呼びかけに答えなかったらしい。近所の浜はミモザの天敵お子様の嬌声で溢れているので、島犬ミモザにとっても居心地悪かろうと、ミモザを連れていくのはやめにした。
隣の浜にはあの有名な日本船舶振興会の関連財団が建設した施設があり、島人は会費を払えばこの施設を利用することが出来る。ゲストでも使用料を払えば様々な遊び道具を借りれる。シュノーケル用の水中眼鏡からフィン、ライフジャケット、カヌーや、小さなヨット、動力付きのボート、ウインドサーフィン用のボードと帆まである。海遊びアイテムが充実していて、島の子供たちはここを拠点に海に親しむ。だから休みになると島の子供たちの格好の遊び場であり、監視のおにいさん達が常に見ているので安全である。
日本船舶振興会というとなんだか笹川財団のイメージでそのボス笹川良一の性でなんだか右翼的で怪しいイメージがあったが、財団の援助で各地にこうした船舶や海に関する施設を造り、地道に子供たちの育成の援助をしている。賭博の売り上げを子供たちの健康的な教育の育成に当てるというのはなかなか素晴らしい発想だと思う。笹川という人は偉いなと思うですよ。島の子供たちはここでたくましく育つ。彼らが海に親しんでいるのが見ていて判る。今日も幼稚園児ぐらいの小さな女の子がカヌーに乗って一人前に櫂を操っているのを見ていた。親はここの人たちに任せているのか姿が無い。だから格好の保育所のごとき状態でもあり、施設のおにーさんが夏休みがはじまると忙しくなるんですよとぼやいていた。
望めばボートでリーフのある沖まで連れていってくれたりするので様々な拠点でシュノーケルを愉しむことも出来る。わたくしも度々お世話になるので会費を払って会員になった。そしてお隣さんのキーライムさんに到ってはここの職員か?と思うぐらい毎日いる。大人にとっても充分に愉しめる施設である。そういうわけで最近は泳ぐのはここでと決めているというか、家から歩いてすぐというか、そもそもが家の目の前なんで常にここに行く。
今日はいつになくにぎやかだった。カヌー講習があるらしくめずらしく沢山の人がいた。島犬カナはクラブハウスに集う人々は無視して一目散に浜に向かう。泳ぐのはあまり好きではない癖に海に浸かるのは好きなのである。
島犬カナの日焼け防止の為の服を脱がせ、海にはいると上から呼び声がした。常駐のキーライムさんである。
シュノーケルでもしようということになり、カナには浜にいるように言い聞かせて沖に向かう。常ならカナは浜の日陰にいて、気が向いたら一人で海に浸かっているのだが、この日はここの浜が沢山の人でざわざわとして落ち着かなかったのか、ついてこようとした。岸づたいに姿を求め、海に浸かりながら追いかけてくるのが見えた。浜で待っていなさいと声をかけたらしばらく海岸づたいの小さな浜で大人しくしていた。しかしそのうち厭きたのか再び元のハウスのある浜に戻る姿が見えた。ここは大潮の時の海散歩コースでカナもよく知っているし、いつもは自分から浜に戻って待っているのであまり気にかけていなかったのがのちに災いした。沖の珊瑚礁から岸を臨むとカヌー教室の一団が浜づたいにとなりの浜を目指していくのが見えたあとは、島犬カナの姿も見失った。それが気掛かりで浜に戻ることにした。
岸に再び戻って見ると島犬カナの姿が無い。戻る姿があったのでてっきり待っていると思ったらいない。常ならこういう時は大抵家に帰るかカナの実家に帰るかしているのだが、どちらにもいなかった。
キーライムさんが捜すのを手伝ってくれたお陰で探索は楽だったが、どこにもカナの姿が無い。カヌーの一団が戻ってきたので目撃していないか聞いてみた。するといつも散歩する浜にいたよとの返事。施設のある浜から大潮の時は浜づたいで歩いていける場所である、潮が引いているのでもしかしたらそこにいったのかもと、その浜で呼んでみたがいなかった。代わりにミモザによく似た犬を連れた人がいた。この犬と勘違いしたのかもしれないと諦めてあとにした。
結局どこにもいなかった。
もしかしたら気が変わって沖まで泳ごうとして溺れたかもしれないと最悪の事態に悩まされはじめた。それともおいてけぼりの仕打ちに怒ってどっか知らない場所に家出してしまったのかもしれない。もしくは海から上がってふらふらとしてどっかで倒れているかもしれない。明日は行方不明犬の張り紙をしに行かないといかんか?清掃工場に連れられていったらどうしよう。とか妄想がぐるぐるしはじめてしまった。海に詳しい施設のおにーさんに「溺れたら浮かびますよね?海に沈んでいないか気になってるんですが」とか絶望的なことを聞いたりしてしまった。

で、結局、見つかった。

施設に戻って、もしかしたら崖のどこかでおびえているかもと見てみようと思っていたら、施設のおにーさんがボートを出してくれた。海から見た方が見つかるかもしえないよとのこと。海に沈んでいる姿を見つけるかもと沈んだ気分で乗り込んだ。しかし苦しい時の神頼みなんかしていたお陰で、さっきおとづれた浜の岩陰で海に向かってぽつんと座っているのを見つけた。私たちが声をかけたら「大変に怒っていますよ。どうして置いていったんですか?」というような抗議の鳴き声をあげ、心細かったと身体中で訴えかけていた。
どうやら海からここに戻ってくるかもしれないと頑固に待っていることにしたようだ。さっき呼びかけた時応答しなかったのは私たちが陸からいったからかもしれない。海から来ると頑固にそちらばかり気にしていたようだ。なんつーか、いい犬である。忠犬ハチ公のごとき犬である。正直すまんかった。飼い主が底抜けにばか者だと犬も苦労するという見本である。
キーライムさんと施設のおにーさんのお陰でカナは無事保護された。感謝である。
家に帰ってから疲れたのか島犬カナはおやつを食べたらすっかりぐっすり眠っていた。
今後は島犬達がいる時は岸から離れないようにしないと。カナを泣かすと天罰が下りそうである。

そういうわけでキーライムさん、有難うね。