『ミレニアム』スティーグ・ラーソン 勧善懲悪的なスウェーデンの社会派ミステリ
昨年の様々なミステリ大賞で名が挙がっていた作品『ミレニアム』
本屋さんの店先に平積みになっているその様から『ダヴィンチコード』や『ゲームの達人』を連想してしまい、なんとなく敬遠していたが、一応ミステリ業界で評判らしいということで読んでみようと思った。三部作全六巻。一気読みした。
まぁ単純なエンタテーメントだった。
- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
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主人公、ついたあだ名が「名探偵カッレ君」のミカエル・ブルグなんちゃらは社会派時事雑誌『ミレニアム』の記者。ホリエモンか楽天のあの人かと思われる大物投資家ヴェンエルなんちゃらの不正記事を書いたことで名誉毀損の罪に問われていた彼のもとに、トヨタの会長みたいな一族企業グループの元会長から、怪しからん依頼が来る。元会長ヘンリック・ヴァンゲルの提案は、表向きは「一族の歴史を書くこと」そして裏向きは「40年前に失踪した孫娘ハリエットの事件の調査」であった。この依頼の事前にヘンリックはミカエルの調査を奇妙で理解しがたい性格の警備会社捜査員リスベットに依頼していた。ヘンリックの提案は無事解決した暁には大物投資家ヴェンエルなんちゃら氏を破滅させるネタを提供するという。逡巡を覚えながらも悪くない取引だと考えたミカエルは承諾する。一族が住まう島に向かったミカエルは、ひょんなことで協力を依頼することとなったリスベット・サランデルとともに真実に近づいて行く。
・・・というお話である。
単純にミステリ大賞で評価高かったからという理由だけではなく、スウェーデンのミステリという特異さと「離島ミステリ」という点がわたくしの琴線に引っかかったので購入したのだが、離島じゃなくても別にいいじゃないかという話ではあった。話も横溝正史的な一族の謎ものではあるが、おどろおどろしい感じもなく、猟奇的な事件が背景にある割にはアメリカミステリ的な怖さを感じないのはお国柄の性なのか、この作家の個性なのかよく判らないが、三部作を通じた真の主人公であるリスベット・サランデルの個性が立ちすぎているので、他の要素の印象が希薄になったとはいえる。
エンタテーメントとしてそれなりによく出来ている。その点では『ゲームの達人』や『ダヴィンチ・コード』的魅力はあるだろう。ミステリ的にはなんとなくお約束めいた感じで早くからこいつが犯人じゃね?とか判りやすい。オーソドックスだが荒削りな印象は拭えず、正直、なんでここまでミステリ読みにまで高評価されるのか理解出来ない感はあるが、この一部だけの評価であったらそれで済んでいたかもしれない。しかし、第二部第三部へと続く話の導入として考えると、至極印象的な話の持って行き方である。なんせサポート役として登場しているヒロインリスベットのキャラが立ちすぎている。「優等生」的なミカエルと比して彼女は至極ミステリアスで魅力的である。
第二部第三部は、そのリスベットが中心となる。
- 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,山田美明
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体中にタトゥーを刻み、ピアッシングだらけ。年齢より激しく若く見え、小柄で痩せぎす、しかし驚くべき知性と記憶力、洞察力を有するリスベット・サランデルはスウェーデンの司法から知的障害者、非社会適応者として国家の保護対象の扱いである。それは彼女の過去に由来する。その彼女の過去が彼女に牙を剥く。リスベットは彼らとの対決を余儀なくされ、世間を騒がす事件へと発展する。リスベットは精神に問題を抱える暴力的犯罪者として指名手配を受ける。ミレニアムの記者ミカエルは警備会社社長や彼女の元後見人らと協力し彼女の無実と、国家権力である公安機関が彼女に負わせた不正な過去の問題を暴こうと動き始める。
・・・というお話である。
つまり、第一部で気になったアスペルガー症候群的なリスベットの性格が何故そうなったか?というお話。
これ全部一気に読ませるだけのエンタテーメント力はすごい。が、いささか荒削りなのと、この小説家の政治的問題意識(女性問題や反ファシズム)が全面にだだ漏れっぽいのは気になるところ。勧善懲悪の図式であまりに単純化してる気がしなくもない。いや、小説としてはその方が素直にスピード感もって読み進めるにはいいんだが、しかしすこし能天気的でもあるなと。引っかかりがないのがわたくしのようなひねくれ者には物足りない感が否めない。
この物語を通じてスウェーデンのリベラルな人が考える正義というものが透けて見えてくるのが面白い。
スウェーデンが置かれた地勢的問題からソ連という共産主義とスウェーデンの社会民主主義の対立、またナチスドイツに共感するネオナチへの評価。ネオナチなんぞは考える前にもう駄目すぐる評価はヨーロッパ全土にある共通価値だろう。人物設定の段階でのそのレッテルの使い方がどうも単純すぎてなんだなぁとは思ったが。駄目っぽいのはみんなネオナチみたいな。
しかし一番のテーマは『ミレニアム』第一部の「女を憎む男達」という原題が示す、つまり三部作全編を通じて書かれる三十路・・・ミソジニーであることは明らかで、人物描写の勧善懲悪配置は、だいたい悪い奴はみんな女やゲイへの偏見の持ち主か児童ポルノ愛好家である。共感を得る手法としては判りやすすぎて、どうもなぁと思わなくもない。ただ、主人公リスベット自身の抱える問題は社会的弱者への暴力の結果でありそれが最大のテーマとして書かれており、作家自身が社会に問いかけたいテーマそのものがそうだからしょうがないのか。その善悪の単純化された状態に「名探偵カッレ」君的な児童文学的正義ともいえるけど。
にしても社会民主主義で、福祉が素晴しく行き届いているとか、リベラルなイメージが誉れ高いスウェーデンに於いてこれが書かれているというのは興味深い。まぁお話では主人公たち、つまり善玉リベラルな人々の生活についても、かなり極端過ぎるんでその対比に、中間はないのか?中間は?などと思ったりしなくもない。
どうもこういう判りやすさを警戒してしまうのは、例えば非実在青少年問題で揺れ動く東京。じゃぁ石原都知事は児童ポルノ反対論者として善玉なのか?というと、どーも石原さんはオリンピックが好きだとか、倫理的な問題を法によって規制する思想統制的なにほひがするんでヒトラー臭をかんじてしまう。(そもそも東京のは実在児童ポルノではなく、非実在青少年ポルノだし、そこでまたひねりがあるしな)そういうあたりでのモニョリ感。そういう事柄以外にも単純にこれが正しく、これが間違っていると言い切れない倫理や思想の問題に頭を悩ませる日々である為に、この小説に見られる単純な光景に一種のモニョリを感じるからであるが。
よーするにわたくしのようなひねくれ者が読むと消化不良起こす危険性があるが、娯楽的に楽しめる作品というのが最終的な感想である。
ただ、主人公リスベット・サランデルのあのアナーキストっぷりは大層魅力的で、作者の急逝が酷く惜しまれるのであった。