「ペルディード・ストリート・ステーション』チャイナ・ミエヴィル 圧倒的幻想世界

わたくしは本屋さんで本を買うのが好きである。書物という形状にパッケージングされたそれの放つオーラで本を買う。いわゆるジャケ買い人間である。視覚的に実存状態でないと好きな本のにほひがどうもつかめない。つまりネット買いが出来ない体質であるので昨今は困ることが多い。なんせ島には本屋さんと言っても文具屋さんと一緒になったちびっこなのしかなく、流行本しか置いてない。だから東京にいるときにチェックしておく。

例えば、オルハンパムクの『私の名は紅』とか高行健の『霊山』やピーター・ラストフの『山羊の島の幽霊』はジャケ買いである。当たりだった。今年は本屋さんに行く暇もあまり持てなかったのでじっくり本屋で峻別出来なかったのだが、どうしても気になる本が一つだけあった。それが今回紹介する『ペルディード・ストリート・ステーション』である。

ペルディード・ストリート・ステーション (プラチナ・ファンタジイ)

ペルディード・ストリート・ステーション (プラチナ・ファンタジイ)

まず、分厚い。しかも上下二段の構成である。文字数単価は安い。昨今の日本の現代文学のすかすかな白い部分が多そうなのと違ってみっちり文字が詰め込まれている。お得である。これに匹敵するはジャック・ル・ゴフの『聖王ルイ』か平凡社の『中世思想原典集成』シリーズか?と思うぐらいである。開いた時点で文字みっちり具合に目が回りそうになるが読みはじめるとそれを感じないぐらい没入出来る面白さであった。

アマゾンの紹介文を引用する。

異端の科学者と翼を奪われた〈鳥人〉の冒険を、唯一無二のスケールで描くダーク・スチームパンク。「バス=ラグ」と呼ばれる蒸気機関と魔術学が統べる世界で、最大の勢力を誇る都市国家ニュー・クロブゾン。その中心には巨大駅ペルディード・ストリート・ステーションが聳え、この暗黒都市で人間は鳥人や両生類人、昆虫型や植物型の知的生命体と共存していた。大学を辞め、独自の統一場理論の研究を続ける異端の科学者アイザックは、ある日奇妙な客の訪問を受ける。みすぼらしい外套に身を包んだ鳥人族“ガルーダ”のヤガレクは、アイザックに驚くべき依頼をする。忌まわしき大罪の代償として、命にもひとしい翼を奪われたヤガレクは、全財産とひきかえにその復活をアイザックに託したのだった。飛翔の研究材料を求めはじめたアイザックは、闇の仲買人から、正体不明の幼虫を手に入れる。そのイモ虫は特定の餌のみを食べ、驚くべき速さで成長した。そして、成虫となった夢蛾スレイク・モスが夜空に羽ばたくと、ニュー・クロブゾンに未曾有の大災害が引き起こされた。モスを解き放ってしまったことから複数の勢力から負われる身となったアイザックは、夢蛾を追って、この卑しき大都市をさまようことになる。翼の復活を唯一の望みとするヤガレクト共に…英国SF/ファンタジイ界、最大の注目作家であるミエヴィルが、あらゆるジャンル・フィクションの歴史を変えるべく書き上げたエンターテインメント巨篇。アーサー・C・クラーク賞/英国幻想文学賞受賞作。

ま、よーするにファンタジーである。ハードボイルドなファンタジー
ゲームとかの設定にありそうな悪寒な世界。

つまりまぁ、紹介文にあるようにスチームパンク世界なもんで、島ののほほんとした春の空気で読むには違和感ありまくりではあったが、これでもかと暴力的とも言える密度で畳み掛けるミエヴィルの作り上げる世界は、現代幻想文学の雄、ジェフリー・フォードの『白い果実』三部作にも通じるようなそこはかとない虚無世界、沼正三の『家畜人ヤプー』的グロテスクな登場人物たちの織りなす世界にも通じる。非常に視覚的な小説だなという印象。

この手の廃墟趣味的な人造世界を描かせると、英国人の右に出るものはいないよなぁとはよく思う。J・G・バラードも英国人だ。アメリカ人ではあるが英国で活躍していたテリー・ギリアムってのもいるが『未来世紀ブラジル』ってのもどっか英国臭がする。わたくしの固有の偏見であるが、なんだかそう。つまり産業革命スチームパンク世界ってどーもまず英国的伝統なナニゴトかを連想してしまうなぁと。

概ねのストーリーは上記の紹介文の通りでストーリーとしてはさして複雑とも言えないが、とにかくちまちまと細部に渡ってビジュアルディテールを作り上げ、小さな宇宙を作り上げているオタクっぷりを楽しむのがなにより面白い。この手の世界作り系というと『デューン砂の惑星)』のフランク・ハーバートがいる。彼が生態系や政治にまで及ぶ緻密な世界デューンを作り上げたのに対し、ミエヴィル作品はそのレベルには至ってはいないとは思うが、ヴィジュアルイメージ的にはハーバートより強烈とはいえる。時代の差かも知れんな。

とはいえ、ミエヴィルが作り上げたニュー・クロブゾンを中心とする世界を舞台にした続編がまだ書かれているというし、翻訳が待たれている状態だというので、楽しみではある。ハヤカワさんと翻訳家の日暮さんには早く次作を出してほしいです。こんな密度の大量文書の翻訳は大変だと思いますが、頑張ってほしいですね。

白い果実

白い果実

文中で触れたジェフリーフォードの本。併せて読みたい。かなりお勧め。以前書評も書いてますです。確か。

山羊の島の幽霊

山羊の島の幽霊

これも幻想文学ですな。図書館島ってのがいいっすよ。図書館という小さな宇宙に加え、島ですから。島文学は読まないと。わたくし的には。
死にたい馬鹿が幽霊に頼まれて巨大図書館を有する大学が建つ島でなにやら中の騒動に巻き込まれるという話であるが、なんとなくミエヴィル世界にも通じるかも。

SFの古典。シリーズがあまりにも長くて読み切ってないです。親父が書いたのを息子が今も書き続けてるらしいし。わたくし的にはSF世界の『失われた時を求めて』状態になってるけど今読み返すと違うかもなぁ。ファンタジーでは『指輪物語』にしょっぱなで挫折してるけどな。はじめがだるいんだよ。