「東京漂流」藤原新也 グレートマザーに支配された都市

あの秋葉原の事件について考える為に書棚からほこりをかぶった「乳の海」を取り出し、再び読み返していた話は先日書いた。

乳の海 (朝日文芸文庫)

乳の海 (朝日文芸文庫)

藤原新也はこの著作の前に「東京漂流」を著している。この「乳の海」の中心人物である透青年のごとく、自立する野生の希薄さというか、聖母マリアに抱かれた赤子、グレート・マザーに守られた口唇期を卒業出来ない永遠に庇護された青年を生み出した戦後日本の光景を「東京漂流」では描いている。

ここに登場する透青年の年齢はおそらくわたくしとほぼ同年代だと思う。また「東京漂流」で取り上げられた金属バット殺人事件の一柳展也もまた数年の誤差があるにせよ同年代ぐらいである。

東京漂流 (朝日文庫)

東京漂流 (朝日文庫)

戦後日本は、自然というか野性的なるもの、伝統的な農村光景、自然を踏みつぶし、破壊し、発展してきた。豊かな暮らしという提案のもと画一的な団地生活が提示され、更に郊外に均質的な新興住宅地が立ち並んでいく。「乳の海」の透青年は筑波学園都市という人工的な街に生活し、一柳展也は宮前平という東急田園都市線の、東急開発によって為された郊外都市に住む。どちらもかつては農村であった。それを踏みつぶして、いきなり一夜で出現したかのような根のない都市が出現した。ヴァーチャルな王国ディズニーランド的な、或いは藤原新也が評するところのパスコのパン屋で売られる歯ごたえのない「マフィン」的な街である。そこで育った両青年達は、そのむせ返るような母の愛、乳の海で溺れ、そして暴発した。透青年は母の下から離れ、母の象徴から反抗し、ドロップアウトしながらあがきはじめる。展也は父親を殴り殺してしまう。

同年代で似たような環境で育ったわたくしとしては、このような狂気のただ中にあるのだと言われても正直、困ってしまうが、しかし周りを見渡すと、父と同年代の家庭、近所の家のそこはかとなく聞こえてくる事情、或いは父の部下の家での話など、聞くにつけ、似たような話が余りにも多すぎて、実は永らく謎ではあった。何故エリート家族の息子はかくもおかしくなってしまうのか?と。

例えば、父の知り合いの息子はまさにこの透青年のごとく狂ってしまった。年代としては私よるも下の年代でおそらく今は30代後半ぐらいにはなっているだろう。両親は団塊の世代か其のちょっと上ぐらいか。甘やかされた少年時代。母親にべったりの其の関係ははたで見ていてもおかしなものだった。その後の家庭内暴力。そして狂気の果てに精神病院へ入ることになった。都内でも有数の進学校に進んだ彼の其の人生は余りにも悲劇であった。家庭内暴力が酷い時に相談に乗ったことがある。あきらかな共存の関係性がそこにはあり、子供をとにかく両親から離した方がいいと思ったので「寺とか、戸塚ヨットスクールに預けた方がいいと思う」などと言ったが、真に受けてもらえなかったようだ。この時、藤原新也のこれらの著作を渡せばよかったなと、あとで後悔した。ただ余裕がない夫婦に彼の著作の意図がきちんと伝わるだろうかは判らない。客観的に見ることなど出来はしなかっただろう。

新興住宅地のもつ均質性と、そこに住む住人の幅の狭い世間。それらを客観的に知るのは家から出て都内に住みはじめた時だ。都内で住んだ杉並の街は比較的古い町であった。散歩しているとずいぶん昔に建ったであろう古い建築に出くわす。商店街があり、魚屋とか八百屋がある。新しいものと古いものとの地層があり、古い地層が今もベースには受け継がれている。この街は文化人も住んでいたせいか小さな本屋の品ぞろえもよく、また小さな商店とは顔なじみになり、前を通る度に声をかけられる。こういう生活に馴染みはじめると、横浜の実家の風景の「根」の無さとの違いを実感せざるを得ない。祖母に請われて実家に戻る羽目になった私はしばしこの人工的な振興住宅が辛く、まるでコンビニの品揃えのごとき味気の無さが嫌で嫌で、機会を見つけて脱出したいなどと願っていた。

だから藤原新也が描く管理された東京の光景の恐ろしさというか、男達を成長させない日本の都市のあり方という指摘はよく判る。

戦後の日本はかつての日本を解体し、無かったことにしていく。受け継ぎはせず、破壊し尽くす。そして再構築された安全と保護された世界で、動物の本性を隠し持つ人間は家畜化され座敷犬化され、永遠にグレートマザーから自立することが出来ないように、縛りつけられていく。そういうホラー的な光景を藤原新也は描いて見せる。「乳の海」の透青年は、母が嫌った「労務者」になろうとして、日雇い労働に登録する。しかし派遣された労働の現場は労働者を厳重に監視し管理するようなところであった。そこには透青年のママが違う形で存在していたのだ。額に汗を流して働くことではなく、マニュアルに従って行動することを求められていく。

「東京漂流」ではそれら若者に現れた光景だけではなく、もう少し俯瞰してみた様々な世代に見られる「日本」を書いている。例えば「善」を為すことの脅迫概念的なもの。ボランティアや募金活動にいそしむニューファミリー世代の親達という問題にも触れている。
今日のネットでは、そういう慈善活動や世界平和に積極的に関わる人々を「プロ市民」などと揶揄していたりするが、こうした活動の目的自体が悪いものだと言う人はいないだろう。手法や或いはそれを行っている主体を批判したりすることはあったとしても、好き好んで戦争をしたいと思う人はそうはいないだろう。やむにやまれぬ事情なら辞さないよという人はいたとしても、今の生活がいきなりスーダンダルフール化したいなどと願う人はそうそうはいないだろう。若者にとっての未来が閉塞的だから世直し的な破壊としての戦争待望などという赤木智弘氏だって、戦争という手段をとらず解決出来る手段があるならそっちを採るだろう。

藤原新也もまさに其の正しさがあるゆえに否定は出来ないが、どこかにやるせなさを感じてしまう自分の其の心理はなんであろうかと、分析し続ける。きっかけは先輩カメラマンが求めて来た反核の署名運動と募金であった。核などろくでもないし賛成する理由もない。むしろ主張としては反核に賛同出来るが、しかしこの署名運動というシロモノにどこか距離を感じてしまうのだ。

こういうもにょり感が、今のネットの若者たちにもあるだろうし、特によくメディアで批判の対象となるネラーさん達にもあるんだろうなと。けして疑う事無き正義というものへの光景への疑問というか。だから藤原新也は80年代終わりにして、今のネラーさん達の持つ、いわば市民活動家達に感じる距離感のその感覚を先取りしていたともいえる。

そういえば、面白いのが2ちゃんねるで度々マザーテレサの以下の言葉が貼り付けられることだ。

マザー・テレサの言葉。

「自分の国で苦しんでいる人がいるのに他の国の人間を助けようとする人は、
 他人によく思われたいだけの偽善者である」

「大切なことは、遠くにある人や、大きなことではなく、目の前にある人に
対して、愛を持って接することだ」。

「日本人は他国のことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して
考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります」

どうもこれは日本に来てマザーが語った言葉らしい。
昔、2ちゃんねるのニュー即板で見たのだが、それはあのいわゆる「イラクの三馬鹿」事件の時であった。ネラーがマザーテレサの言葉に精通してるってのが驚きだったんだが、この時多くのネラーさんたちがあの誘拐された被害者を叩きはじめた。確かにニュースを聞いた当初はなんでそんな捕まるようなところにノコノコと出かけるよ?とわたくしも思ったんで、なんつー馬鹿な人々だとは思ったが、それでも被害者には変わりがない。怖い思いをしているだろうし無事であることを祈っていたんだが、ネラーさんたちが執拗に叩きはじめたきっかけは家族の応対からだったと記憶する。自衛隊の撤退を求める犯人の要求を日本政府に呑めと家族がいい出してから執拗な叩きがはじまった。こうした事件をすぐにイデオロギー的なものに利用しようとする、いわゆる「サヨクってのはどんなことでもイデオロギーに利用するんだな!」的な嫌悪感が噴出してしまったというべきか。かつては組合をそういうふうに乗っ取っていったように。
更に、身代金を出す国家というのもまた其の構図から考えるならば実は被害者なわけだが、つまり自分の子供を人質にとられて金を揺すられている親に「犯人のいうことはもっともなんで払え。」などと言ってるような光景でもあり、「なら、本当の親であるお前らが払えよ。自己責任だろ!」みたいなそんな売り言葉に買い言葉的な心理が働いた。そして被害者バッシングは過激化していった。
のちにメディアがそうした人々の愛の無さを批判したが、確かにバッシングの激しさはそこだけを見れば愛がないとは言える。しかしどうもそのメデイアや識者が批判として描く光景に私が見ているものとのズレを感じていた。リアルタイムであれを追っていたせいもあるが、あの時中心的話題となった自己責任論などは実はネラーさん達にとってどうでもよかったんではないか。何故ならその後殺された香田君の時はそういう声は聞かれなかったからだ。まったく同じ現象であったのに。(もっとも政府の対応に関してはここでは対象外なんで。そっちに関しては別の論)

そのベースには永らくあった市民活動的なものへの不審や、赤木氏が叫んだような若者が感じている閉塞感なども背景にあったんではないかとは思う。それがあのマザーの言葉にも繋がっているし、また秋葉原通り魔殺人事件にも繋がっていくんではないだろうか。あきらかにボランティアとか正義とか、論じるならば正しい事柄に、ある種のもにょり感を感じてしまうという心理と、乳の海のごとき現代日本の風景へのもにょり感とは繋がっていくんだろうか。

「東京漂流」を読みながら、こんな風に、ここ数年、ネットなどで見られる多くの人々の声などを思い起こしていた。ナニやラそんな風に色々考えさせられる書であった。特に現代こそ、この書が指摘する病理めいたものがより顕著になってきたといえるのではないか?
是非読んで欲しいななどと思うんだが。